自然界の生み出した生物活性物質を人工的につくる研究=天然物の全合成。かつてより有機合成の花形とされてきた一大分野ですが、最近ではScienceやNatureなどが好む“科学”(Science)トピックとして紹介されることが少なくなりました。
こういう雑誌には話題のナノテクや生物学がらみの研究は多く紹介されます。一方で合成化学は技術的要素が強く、また天然物を合成しただけでは何も始まらないため、”化学(Chemistry)”の域をなかなか出ることができません。
そんな現状でもでもNature/Science誌に載るような研究は、例えば
1) 天然からはほとんど採取できないが、生物活性が非常に興味深い。合成的に供給できれば生物学的研究に多大な貢献が見込める
2) 今まで多段階を要していた難関化合物を、今までにないエレガントな発想で簡単に作りあげてしまう
3) 多くの研究者によって合成研究がなされているが、何十年も全合成に至っていない歴史的難物をクリアした
などなどの要素を1つもしくは複数備える、ハイレベルなものです。
今回はハーバード大学・Andrew MyersらによってScienceとJ.Am.Chem.Soc.に報告された、テトラサイクリン及びその類縁体の全合成[1]について紹介したいと思います。
テトラサイクリンについて
テトラサイクリン(tetracycline (1))は抗生物質の一種です。化学的手法によって各種誘導体化がなされ、テトラサイクリンより高い活性を持つ化合物も開発され、医薬品として使用されています。例としてドキシサイクリン(Doxycycline(2))、ミノサイクリン(Minocycline(3))などがあげられます。
テトラサイクリンは、4つの炭素六員環(A~D環)が直線的に連なった骨格上に5つの不斉点を有しています。化合物2,3も概ね同様ですが、6位の水酸基を欠いています。残念ながら、既存の合成法ではこれらを効率的に合成することができません。
そこでMyersらはまず、6-deoxytetracycline誘導体の合成を目的とし、誘導体にもアプローチ可能な効率的な合成法の開発、および生物活性試験を行いました。[1a] その後、テトラサイクリンそのものの合成にも成功しました。[1b]
過去のテトラサイクリン類の合成法
本論に入る前に、現在まで報告されているテトラサイクリン類の合成を簡単に紹介しておきます。
Shemyakinによる合成 (1967)
Juglone(4)を出発物質とし、D・C環→B環の順で合成した後、A環を導入し、(±)-12a-deoxy-5a,6-anhydrotetracyclineを合成しています。
Woodwardによる合成 (1968)
D→C→B環と順番に構築した後、12よりShemyakinらとほぼ同様な手法でA環を導入し、(±)-6-deoxy-6-demethyltetracycline(13)を合成しました。25 工程, ~0.002% 収率と効率には難を残しています。
Muxfeldtによる合成 (1979)
Juglone(4)を出発物質として、アルデヒド14(D・C環)とした後、チアゾリノン15と縮合してできた16に、17のリチウム塩を作用させ、4環性の18とします。ここから官能基変換により(±)-5-oxytetracycline(19)を得 ています。22工程, 0.06% 収率と以前の例よりも効率の向上が達成されています。
Stork による合成 (1996)
同じくjuglone(4)から9段階で20(DC環)とし、イソキサゾール誘導体21とのMichael反応により22を単一の生成物として得 ました。23に変換した後、Dieckman 環化によりB・A環を構築し、水素添加により(±)-12a-deoxytetracycline(25)を合成し ました。16工程, 18~25%収率と非常に高効率な合成となっています。
しかし、25からテトラサイクリン(1)への変換、すなわち12a位に水酸基を導入することは非常に困難であると報告されています(Woodwardの手法では6.5%収率)。
竜田による合成 (2001)
D-グルコサミン誘導体(26)から10段階でシクロヘキセノン27とし、ジエン28とのDiels-Alder反応により29を立体選択的に合成しています(A・B環)。続いてイソベンゾフラノン30とのMichael-Dieckman型反応により31を得、引き続く6位水酸基の立体選択的導入、12a位の水酸基の導入などを経て16段階でテトラサイクリン(1)へ変換し ました。
これがテトラサイクリンそのものの史上初の不斉全合成となっています。しかし34工程、0.002%収率を要し、効率にはやはり課題を残していました。
Myersらの逆合成解析
今回の主役でもあるMyersは、過去の合成も参考にしつつ、以下の様な合成計画を立てました。ポイントは以下の通りです。
- 12a位の水酸基は合成初期に導入する。
- AB環を先に構築した後に、別途合成したD(+E)環ユニットと反応させてC環を構築。
- アミド部位はStorkらの報告に従い、イソキサゾールとして保護。
この合成経路の利点は、多種多様なD環(+E環)を合成終盤で導入することができ、様々な誘導体合成を可能とすることにあります。
Myersらの全合成
それでは以上の逆合成解析に則り、実際の合成経路を見てきたいと思います。
A・B環の構築
安息香酸から酵素反応により光学活性な32を合成し、33にmCPBAを作用させエポキシド33とし ました。引き続くエステル化、エポキシドの異性化反応により34とした後、5-benzyloxyisoxazoleのリチウム塩35を作用させ36を得 ました。36にLiOTfを60℃で作用させB環を立体選択的に構築し、続くアリルアルコールの保護基除去により37を合成し ました。37のオレフィンを異性化させ、続く官能基変換によりAB環相当部位を備える39、40を得 ました
6-deoxytetracyclineおよび誘導体の合成
得られた40にD(+E)環をカップリングさせることにより、6-デオキシテトラサイクリンの各種誘導体の合成に成功しました。合成した6-デオキシテトラサイクリン誘導体の生物活性を検討したところ、グラム陽性菌に対しテトラサイクリン自体よりも強力な活性を示す、pentacyclic derivativeの創製に成功しています。
テトラライクリンの全合成
最後にテトラサイクリンそのものの合成経路について紹介します。 39にフェニルチオ基を導入し、ビニルスルフィド41とし ました。得られた41とベンゾシクロブテン誘導体48とのDiels-Alder反応は無溶媒、85℃で進行し、望むendo体42を収率64%で得 ました。なお、この際retro-Dieckmann型の開裂反応が進行したと考えられる7員環ラクトン43も9%得られた そうです。
44にm-CPBAを作用させると芳香環化して45となり、空気中の酸素と反応することでketo-46を生成しました。手法としては竜田が報告したものと同様の手法ですが、この場合は光増感剤を使わず即座に反応が進行しています。
最後に水素添加を行い、tetracycline(1)の不斉全合成を達成し ました。
まとめ
今回Myersらは、既存法よりも圧倒的に効率の高いテトラサイクリンの合成法を開発しました。またそれを用いて各種誘導体を合成し、テトラサイクリンよりも活性の高い誘導体を見つけることにも成功しています。優れた合成経路設計・技術をフル活用し、自然界を凌駕する物質を見つけ出したという点で化学を越えた評価を受け、Science誌に掲載されたのだと思われます。
今後この経路を基盤に、さらなる新しい抗生物質が見つかってくるのか?期待していたいと思います。(2015年追記:Myersらはこの技術をつかってベンチャー企業Tetraphaseを立ち上げ、より強力な抗生物質創製に向けて研究を継続しています)
(2005.8.11 ブレビコミン、2015.2.9加筆修正 by cosine)
※本記事は以前公開されていたものを「つぶやき」に移行し加筆修正を施したものです。
関連文献
[1] (a) M. G. Charest, C. D. Lerner, J. D. Brubaker, D. R. Siegel, A. G. Myers Science 2005, 308, 395. (b) G. Charest, D. R. Siegel, and A. G. Myers , J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 8292.
関連書籍
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