今回は天然物合成の分野から、なかなか複雑なケースが報告されていたため紹介します。なにが複雑かというと、その構造ではなくて、どれが本当の天然物なの?ということです。
槍玉に挙がったTerpestacin
Terpestacin(1)は1993年OkaらによりArthrinium sp. から単離された血管新生阻害作用を有する天然物です [1]。炭素15員環を含むユニークな構造から、10年以上にわたって合成化学者の格好の合成標的になっています(図1)。この天然物が単離・構造決定された当初、相対・絶対立体配置は1として決定されていました。そこで、多くの合成化学者は1の構造を信じてこの天然物を合成を行うこととなります。
構造決定の推移
Okaらは単離したTerpestacin(1)の旋光度を+26(CHCl3)と報告していました。同年にRandrazzoらにより1の1級水酸基がアセチル化されたFusaproliferin(3)が単離されました。しかし1995年にSarntiniらによってこの3はTerpestacin(1)のC23位エピマーであると訂正されました。
その3年後、早稲田大学の竜田らは、1の初の全合成を報告しました [2]。旋光度も+27と報告値と同等であることから、天然物と同じ絶対立体配置で合成したと結論づけています。
さらにその3年後、Grafeらは1の構造を有しつつ、旋光度が-16.5である天然物を単離しました。絶対値が若干異なりますが、旋光度の符号が逆ということで、1のエナンチオマーとして報告しました。ここまでの話は簡単で、すべて正しいように思えます。
しかし、2002年にMyersが1と3の不斉全合成を行ったところ、得られた1の旋光度の符号はマイナスを示してしまいました [3]。そこで、Myersらはこの旋光度の違いを考察し、Okaと竜田らは旋光度を測定する際のCHCl3を炭酸カリウムで処理した際に炭酸カリウムが混入しており、それにより1がクロロエーテル化され旋光度がプラスになってのではないか、と報告しました。
うーん、そんなことがあるのだろうか?そういうこともあるのだろう・・・と、この話は一つの結論に達したように思えました。
ところが、さらに同年Miyagawaらにより1のC11位エピマー(2)とされる「siccanol」が単離されました。そこでJamisonらが1と2を合成し、Miyagawaらの「siccanol」のスペクトル値と比較したところ、「siccanol」の構造は2ではないことがわかりました。
??どういうことなんだ??・・・さらに複雑になりました。
Terpestacin(1)とepi体(2)の構造比較
Jamisonらが合成したTerpestacin(1)は、すべてのスペクトルデータが他の研究者の合成品と一致しました [4]。しかし、合成した11-epi-Terpestacin(2)のNMRデータは、Miyagawaらの単離天然物「siccanol」とC3、13、15、19位において一致しませんでした(表1)。C11位の化学シフト値は一致したため、当初はC19位ジアステレオマーを合成してしまったものと考えられました。しかしこれらを誘導化した化合物のNOE測定により、ここは同一の立体であることがわかりました。
ここでよくみると、なんとMiyagawaらによる「siccanol」とTerpestacin(1)のスペクトルデータは全く一致していることがわか ります。
「siccanol」は11-epi-Terpestacinではなく、Terperstacinそのものだったのです。
なぜ構造を誤ったのか?
Jamisonらの合成によって、「siccanol」がTepestacinであることがわかりました。どうしてこのようなことが起こったのでしょうか?
第一に、Myersらによる1と3の全合成と、Miyagawaらによる「siccanol」の単離がほぼ同時期であり、それぞれのグループがお互いの論文に気づかなかったことが考えられます。つまり、旋光度の符号・絶対値がOkaらの単離品、竜田らの合成品と異なっていることのみを根拠に、異なる構造と考えてしまったのでしょう。
第二に、OkaのTerperstacin(1)及びMiyagawaらの「siccanol」の立体決定はMosherエステル法によって行われていますが、Miyagawaらの論文には詳細な実験操作が記載されていません。
しかし、論文中に
”….a set of (R)-MTPA and (S)-MTPA esters (at C11) was prepared..(from)… the respective MTPA chlorides.”
と記載があり、そこに原因があるのではないかとJamisonらは考えました。
絶対立体配置を決定法であるCahn-Ingold-Prelog則によれば、(R)-MTPA chlorideからは(S)-MTPAエステルが得られます。
Miyagawaらは(R)-MTPAエステルを得るために(R)-MTPA chlorideを誤って用いてしまい、結果的にC11が逆の立体であるとの判断を下してしまったものと考えられました。さらにMiyagawaらは、Jamisonらにオリジナルのノートを提供し、この予想が正しいことが確認されました。
結論を聞くと多くの間違い・勘違いがあり、非常にお粗末な結果とも取れますが、現場ではありえない話でもないと思います。研究室の学生が行った実験を信用し、スタッフが論文を書く段になっても結果に対してのチェックが行われず、結論が異なる方向に向かう・・・などといったことは往々にしてありえます。Terpestacinを巡る論文は、そのようなことがかなり複雑に絡み合ったケースだったといえるでしょう。論文は何世紀にもわたり残るものですから、しっかりとした結果を報告したいものですね。
(2005.1.25 ブレビコミン)
※本記事は以前より公開されていた内容をブログに移行したものです。
参考文献
- Oka, M. et al. J. Antibiotics 1993, 46, 367.
- Tatsuta, K.; Masuda, N. J. Antibiotics 1998, 51, 602. DOI:10.7164/antibiotics.51.602
- Myers, A. G.; Siu, M.; Ren, F. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 4230. DOI: 10.1021/ja020072l
- Jamison, T. F. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 10682. DOI: 10.1021/ja0470968