色の化学 |
色とは何か?私たちの生活の中で目にしている色。個々物質の光の吸収・反射の度合いによりその「色」が目に入ってくるわけだが、今回は個々の色をもつ構造や合成色素の種類、つまり色素化学について少し学んでみよう。
▼ 歴史
自然界に存在している種々の色。これを人工的に再現しよう!というところから色素化学(染色化学)というものが生まれた。人間が天然の繊維を草木や貝殻から得た天然色素で染色して身にまとったのは非常に古い時代で、エジプトのミイラの着衣がすでにインジゴで染められていたらしい。したがって、当時の色素は高価であり、色はまた地位の象徴でもあった。
また、色には宗教的な意味があり、赤く染めた革や、黄色に染めた布などが神にささげられた。ある種の色素には薬理作用があり、また色は人間の情緒的、心理的効果に対しても活用されてきた。兵隊には赤色(アリザリン)、農夫には紺色(インジゴ、図1)、僧侶には黒色(ヘマチン)などの色が多用されていた。
図1 インジゴ (アイという植物の葉から得られる。紺色) 1856年 Perkinという人がセレンディビティ(予期しない発見が実験的に得られること)により最初の合成染料であるモーベインを合成し、それを翌年企業化するにおよんで、多くの化学者が染料合成に参入した。当時はモーベインは白金なみの値段で取引されていたという。
1858年 ジアゾニウム塩とそのアゾカップリング反応が発見され、多種多様なアゾ系色素合成の基礎となった。
1868年 アリザリン(1,2-ジヒドロキシアントラキノン、図2)が合成されて、キノン系色素合成の端緒となった。
図2 アリザリン(アカネという植物の根から得られる。赤色)
しかし、当時は色素の発色機構や光吸収についての理論はおろか、化学構造そのものも十分知られておらず、もっぱら経済的理由が優先して各種の色素母体が次々に開発されていった。
▼ 色素の化学構造
表1に主な色素の母体構造と色との関係について示す。 染料は繊維を染める目的で開発されたもので、基質(繊維や樹脂)ごとに異なった化学構造、すなわち染色性をもつことになる。歴史的には天然繊維から合成繊維に移るに従って用いられる染料の構造も変わり、さらに合成樹脂が開発されると顔料の化学構造も気質に応じて改良され、新しいタイプの母体色素構造(クロモファー)が開発されてきた。しかし、色素を”色”という観点からみれば、その色調は母体構造に負うところが非常に大きい。すなわち、基本的な化学構造によって、おのずから色が決まる場合が多い。
▼ 色素材料
合成色素はその発見以来130年あまりにわたって「着色剤」としとして用いられてきた。ところが、ここ10数年ばかりの先端技術の進歩、特にエレクトロニクス、オブトエレクトロニクスやフォトニクスの発展はめざましく、それに伴って色素を効率のよい光吸収剤、または小さな外部エネルギーによって物性が変化する材料として利用することが重要なテーマになってきた。
これによって色素の新しい機能性(酸発色性、昇華転写性、光導電性、半導体レーザー感受性、帯電性、二色性、クロミック性、非線形光学特性)の探索に進んだ。そして、先端技術(小型発熱素子、電子写真技術、レーザー技術、ピエゾ素子、液晶素子)などのニーズとして、情報記録用色素、情報表示用色素、エネルギー変換用色素、医療診断用色素などが開発され、機能性色素として展開してきた。
この機能性色素材料の具体的な例について少し説明してみよう。
a.インクジェット用色素材料
プリンターの分野では最近はインクジェット方式が主流である。ここで用いるインクの構成は、溶媒-色素系に防カビ-殺菌剤、物質調整剤などを添加したものである。色素の析出による目詰まりを抑えるために、取り扱いやすい水溶性色素ー水ーグリコール類の組み合わせが行われている。ノズルからの噴出を円滑に進めるためには、不純物の混入を抑え、蒸発がよく、適当な粘度を保つ溶媒系の選択が重要である。色素としてはスルホン酸基で水溶性とした次の色素が使われている。(図3)
図3 インクジェット用色素の例
b.写真用色素原料
カラー写真ではハロゲン化銀の感光性と酸化力を利用し、ロイコ色素を酸化後三原色カップラーと反応させてフルカラー画像を得る。写真用色素の化学には古い歴史があり、独特の技術によって高度の品質が達成させられている。一方、銀塩写真方式でアルカリ現像液を用いない熱現像感光材料が開発されておりデジタルカラーハードコピーやカラーコピーの応用が可能となっている。
c.医療用色素原料
色素は古くから医薬品としても利用されてきた。細菌に対する化学療法剤の最初となったサルファー剤やリバノールとして知られる殺菌消毒剤はいずれも色素構造をもっている。体の また、難病のガンやエイズの治療に関する医薬品の開発は重要で、色素関連の抗がん剤といえば、アントラサイクリン(図4)が重要であり、各種誘導体の合成が行われている。
図4
最近、エイズ治療に有効な色素が報告されている。蛍光性ナフタルイミド誘導体(図5)でもともとPDT(光学治療 photodynamic therapy)用に開発されたのだが、これは光照射によるO2の発生によって作用するものではなく、トリプロファンと化学結合することによってエイズウィルスの感染を防ぐといわれており、その作用機構が注目されている。
図5
このように、一概に色素といってもいろいろな役割があり、かなり難しいものである。そのため色素の合成法や色素材料の機能性についての説明は避けたが、とても興味のある内容である。ぜひ勉強してみてほしい。
有機って面白いよね!! (by ブレビコミン2000/9/3 up)
▼参考、関連文献
. . . . . . 機能性色素分野の第一線の研究者が、色素の分子設計理論からエレクトロニクス分野、バイオメディカル分野など各分野における技術開発の最新情報をまとめる。 |