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化学者のつぶやき

もっとも単純な触媒「プロリン」

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プロリン(proline)という化合物があります。

タンパク質などを構成する 天然型α-アミノ酸20種類のうち唯一の環状イミノ酸で、下のようにごく単純な構造をしています。

 生物をちょっとでも学んだ方ならご存じであろう有名な分子ですが、この単純極まりない分子が有機反応の不斉触媒として働く、と聞かされたらどうでしょうか?

私自身これを初めて聞かされたとき(大学の学部生でした)、本当に驚き、そして感動した覚えがあります。「触媒」といえばなんだか金属的でごてごてした塊で、よくわからないけど複雑そうなもの・・・といったイメージしか当時なかったということもありますが、「こんなシンプルな分子ひとつが触媒になる」という事実は大きな衝撃でした。

実際、この驚くべき事実は数多の有機化学者を虜にし、”プロリンを使った触媒反応開発研究”、ひいては“有機触媒反応”が現代有機合成化学研究における一大流行になっています。

今回のトピックではこの「プロリン触媒」を取り上げてみたいと思います。

 

 有機不斉触媒とは?

触媒量の不斉源を用いて大量の光学活性な化合物を得る方法論、いわゆる「触媒的不斉合成」は医薬品化学・精密有機合成の発展に大きく貢献し、今なお世界中の研究者が競って研究を続けている分野でもあります。名大の野依良治先生が2001年のノーベル化学賞を受賞された分野ということでも有名です。

この不斉触媒には、金属を活性中心とする触媒がよく用いられてきました。高活性なものが多い一方で、金属自体が高価・有毒・廃棄困難であったり、触媒自体も水や酸素に不安定で取扱い困難なものが多かったりと、困った面も少なくありません。何とかしてこの欠点を解消しようと、世界中の研究者が取り組んできています。

その有望な解決策になると期待されているものが、有機不斉触媒(asymmetric organocatalyst)です。その名のとおり金属を使わず、有機分子そのものを不斉触媒として用いるという方策です。有機分子触媒は一般に取扱いや構造のチューニングが簡単であり、安定・安価・環境に優しいなどの利点があるとされています。

この思想のもと、これまでに開発されている代表的な人工有機触媒を示します。

プロリンはもっとも簡単な構造をしている有機不斉触媒です。アミノ酸なので天然に膨大に存在し、(天然型は)ものすごく安価です。安価なわりに比較的良い触媒性能を示すことが分かっており、プロリン触媒反応が実用化できれば有用性は測り知れないわけです。

 

歴史的背景

プロリンを不斉触媒として用いる反応例が初めて報告されたのは、1971年のことです[1]。下図のように、合成中間体として有用なビシクロケトンを不斉合成できる優れた方法です。しかしこの報告以来、どういうわけか長くプロリンは不斉触媒として用いられませんでした。

 

しばらく光のあたらない時期が続いた後、2000年、List, Barbasらによりプロリンを用いた分子間直接的不斉アルドール反応がアメリカ化学会誌に報告されました[2]。この反応ではまずプロリンとケトンが反応して活性エナミン中間体を形成し、続いてアルデヒドと反応、最後に加水分解を受けることでアルドール体が生成するとされています。

 

本報告は分子間反応でもプロリンが不斉触媒として有効に働く、ということを示した初めての例です。これ以降、有機触媒研究のブームに火がつき、世界中で活発に研究が行われ始めました。

 

代表的な反応例

List,Barbasらによる報告以降、プロリンを触媒とする様々な反応が開発されました。その中には、不斉金属触媒ではいまだ達成されない優れた反応形式も少なからず見受けられ、有機触媒ならではの可能性が垣間見えます。

以下に代表的な報告例を紹介します。

3成分Mannich反応 (List[3a])

アルドール反応とほぼ同様の反応機構で進行するとされるMannich反応においても、プロリン不斉触媒は有効機能することが示されています。通常はアクセプターであるイミンを別途調製しておくことが多いのですが、本反応ではケトン・アルデヒド・アミンを混ぜて系中生成させたイミンと反応させることができます。

いくつかの基質では収率に難がありますが、低温・高圧条件下で反応を行える氷化高圧法により、収率・選択性ともに改善できることが後に林らによって報告[3b]されています。

 

アミノ化(List[4a] , Jorgensen[4b])、オキシアミノ化(Zhong[5a], MacMillan[5b], Córdova[5c], 林[5d])

 

これらも基本的にはアルドール反応類似の様式ですが、反応機構面で他に類を見ない特徴を有することをBlackmondらが報告[6a-c]しています。

彼女らは、本反応の反応性が格別に高い(低触媒量・短反応時間で良い)ことに着目し、系のHeat-Flow解析を行いました。この結果から、他のプロリン反応と異なる自己触媒誘起反応(用語注)の挙動を示すことを提唱しました[6a]。

その後、*で示すようなオキサゾリジノン型化合物が単離されてきたこと・プロリンそのものが有機溶媒には溶解しにくいこと・生成物の濃度が高いほど反応速度が速い結果等々を考慮し、現在では以下のような修正型反応機構が提唱されています[6c]。

すなわち、実際にはプロリンそのものが関与する反応経路はごくマイナーであり、実際には生成物とプロリンが水素結合を介した複合体を形成し、これが実際の媒体として機能するという機構です。この複合体の存在は計算によっても裏付けられています。

(用語注)
自己触媒反応(autocatalysis)とは、生成物が同じ反応の触媒(自己触媒)として働く反応形式を指します。反応が進行するに従い触媒として働く化合物種が増えていくので、反応速度は加速度的に増加することになります。
自己触媒誘起反応(autoinductive reaction)とは、反応生成物がより効率の良い触媒の生成を促進するプロモータとして働く現象で、生成物そのものが触媒として働かない点で自己触媒反応とは区別されます。

 

アルデヒドの直接的交差アルドール反応 (MacMillan[7])
向山法のようにシリルエノラートを経由せず、異種アルデヒド間で不斉交差アルドール反応を進行させる直接的不斉交差アルドール反応は、ホモ二量化・多量化の進行を抑えるのがむずかしく、効率よく進行させることがきわめて難しい反応とされています。MacMillanらは片方のアルデヒドをSlow Additionすることでホモ二量化を抑え、詳細な条件最適化により高収率・高選択性を実現しています。

アルデヒドを有する生成物は、レドックス過程を経ずそのまま次の変換に使えるため、合成を劇的に効率化する可能性を秘めています。

アミノ酸から糖を合成!?

プロリン触媒反応の応用として、最近報告された面白い例をひとつ紹介しておきます。それは、アミノ酸(プロリン)が触媒となって糖を合成する、というものです。

糖鎖は細胞認識や免疫応答シグナル伝達の担い手として、生体内ではきわめて重要な役割を果たしているユニットです。糖それ自体は膨大に存在する化合物なので、研究しやすいと考えてしまいがちですが、DNA、RNA(核酸)やタンパク質(アミノ酸)などと比して、その働きが明らかになってきたのは最近のことだったりします。

というのも、糖鎖は構造の複雑さゆえに、生体内でどこがどのように利いているかを調べるのが難しいのです。詳細に調べるには、膨大な種類の糖鎖を準備して網羅的に対照実験を行う必要があります。 しかしながら単純な形をしているアミノ酸や、PCRで簡単に増やせる核酸と異なり、糖鎖は欲しい物がすぐ手に入らないという事情があります。糖鎖合成化学は、保護・脱保護の化学そのものともいえ、合成経路がどうしても長くなってしまいます。

つまり、詳細な研究をしたいと思っても必要な人工糖鎖がなかなか用意できない――このことが糖鎖の機序解明を遅らせている一因なのです。

 

そもそも単糖からして光学純粋の形で作ること自体、それほど簡単ではありません。六炭糖を選択的に合成できる方法論のうち、有名な一つにSharpless不斉酸化反応に頼る合成法があります[8a]。この方法では考えうるすべての絶対・相対配置の六炭糖を合成できますが、わりと長めの合成経路が要ります。

MacMillanのグループは2004年、プロリンを不斉触媒として用いた六炭糖類の新規化学合成法をScience誌に報告しています[8b]。

先述のアルデヒド交差アルドール反応を応用し、まず原料の保護オキシアルデヒドを二量化させ、続いて立体選択的向山アルドール反応を行い、高エナンチオ選択的・ジアステレオ選択的に六炭糖を合成しています。なんとわずか2工程(!)で合成でき、報告される中では最短のルートを実現しています。生成物も適度に保護され扱いやすく、窒素・硫黄の導入や13C標識も容易で、応用性の高い優れた方法といえます。

おわりに

近年有機合成化学の分野で一大ブームとなっている有機触媒、特にプロリンを取り上げてみました。今回取り上げた例はプロリンそのものを使うものばかりでしたが、勿論それ以外にも、修飾・変換を施したプロリン誘導体、人工有機触媒など、様々な反応の優れた触媒が見つかっています。

もっと勉強してみたい、という方は関連書籍などを参照していただければと思います。

(※本記事は以前より公開されていたものを「つぶやき」に移行して加筆修正したものです。)

関連文献

  1. (a) Eder, U. et al. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1971, 10, 496. (b) Hajos, Z. G. et al. J Org. Chem. 1974, 39, 1615.
  2. (a) List, B.; Lerner, R. A.; Barbas III, C F. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 2395. (b) Notz, W.; List, B. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 7386. (c) List, B.; Pojarliev, P.; Castello, C. Org. Lett. 2001, 3, 573.
  3. (a) List, B. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 9336. (b) Hayashi, Y. et al. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 11208. 
  4. (a) List, B. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 5656. (b) Jorgensen, K. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2002, 41, 1790. 
  5. (a) Zhong, G. Angew. Chem., Int. Ed. 2003, 42, 4247. (b) MacMillan, D. W. G. et al. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 10808. (c) Córdova, A. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2004, 43, 1109. (d) Hayashi, Y. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2004, 43, 1112.
  6. (a) Blackmond, D. G. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2004, 43, 3317. (b) Blackmond, D. G. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 11770. (c) Blackmond, D. G. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 16321.
  7. MacMillan, D. W. C. et al. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 6798.
  8. (a) Sharpless, K. B. et al. Science 1983, 220, 949. (b) MacMillan, D. W. C. et al. Science 2004, 305, 1752.

 

関連書籍

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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