オレフィンメタセシス Olefin metathesis |
1990年代に入りR.H.Grubbsらがその有効な触媒を開発したことによって、オレフィンメタセシス[(Olefin metathesis、図1)は有機合成化学において頻繁に用いられる反応の一つとなった。今回は、オレフィンメタセシスの歴史、反応の種類、触媒の種類などを紹介したいと思います。
図1 オレフィンメタセシス
▼歴史
オレフィンメタセシスは1964年にNattaらによってMoまたはWを触媒とするシクロブテン、シクロペンテンの重合が最初の発見であった。しかし、これがメタセシス反応であることはわかっていなかった。この重合反応の機構を解明するためにCalderonらはWCl6とEtAlCl2からなる触媒を用いることによって、強い結合である二重結合が開裂し、新しい二重結合が生成することを確認した。1970年にHerisson、Chauvinらによってカルベン錯体とオレフィンの[2+2]環化付加による反応機構が提唱された。また、Nattaらと同じ年にFischerらによってCrカルベン錯体の合成が報告された。その後、メタセシス反応の反応機構が解明が解明され、カルベン錯体が重要であることが分かった。
1992年、GrubbsらがRuによるビニルカルベン錯体1を発表したが活性は低いものであった。その後、この触媒の配位子の検討が行われ、1995年に発表されたベンジリデン錯体2(Grubbs触媒)は種々のメタセシス反応を緩和な条件で進行させることができ、有機合成化学においてメタセシス反応の重要性を一気に高めた。
▼反応の種類
メタセシス反応には反応の種類によって次のように分けることができる。
1、開環メタセシス重合 2、開環クロスメタセシス 3、閉環メタセシス 4、二種類のアルケンのクロスメタセシス
それでは、これらの反応の概要を簡単に紹介する。
1、開環メタセシス重合
開環メタセシス重合(ring-opening metathesis polymerization:ROMP)を一般式で表したものが図2である。
図2 開環メタセイシス重合
Nattaらが最初に発見したシクロブテン、シクロプロペンの重合の実態がこの開環メタセシス重合であった。オレフィンメタセシスが発見された初期の応用法がこのROMPを用いた高分子合成であり、多数の置換基を持つ高分子の合成も可能とした。また、Grubbsが1992年に発表したビニルカルベン錯体1の活性は最も反応性の高いオレフィンの一つであるノルボルネンのROMPが室温でゆっくり進行する程度のものであった。
2、開環クロスメタセシス
開環メタセシス(ring-opening closs metathesis:ROCM)を一般式で表したものが図3である。
図3 開環メタセシス
環状オレフィンとエチレンを反応させることによって両末端がオレフィンとなった鎖状オレフィンを生成させる反応である。特に歪んだ環状オレフィン(シクロブテンやノルボルネンなど)に対して有効であり、副反応(ROMPなど)の多いメタセシス反応であるが1:1の割合で反応させた場合においても高い選択性でROCMが進行する。
3、閉環メタセシス
閉環メタセシス(ring-closing metathesis:RCM)を一般式で表したものが図4である。
図4 閉環メタセシス
メタセシス反応の中でも最も研究され、最も用いられている反応である。これによって、小員環、中員環、大員環を合成することができ、また、高分子担持化合物に対しても適応することができる。メタセシス反応は平衡反応であるため平衡混合物が得られてくるが、RCMの場合はエチレンとなって系中から除かれるため、高い収率で目的物を得ることができる(高希釈条件が望ましい)。
4、二種類のアルケンのクロスメタセシス
クロスメタセシス(closs metathesis:CM)を一般式で表したものが図5である。
図5 クロスメタセシス
先ほども述べたようにメタセシス反応は平衡反応であるために種々の生成物を与える。特に、このクロスメタセシスは8種類の生成物(図6)を与えるため有用性は低い。しかし、二種類の末端オレフィンのCMによる縮合(エチレンが系中から除かれる)やエチレン加圧化での非対称オレフィンのCMによる2種類の末端の合成などの使用方法は存在する。
図6 クロスメタセシスの生成物
▼オレフィンメタセシスと触媒
オレフィンメタセシスに用いられる触媒は時代と共に変化している。Nattaらが発見した当初の触媒は、WCl3やMoCl5とEt3Alを組み合わせることによって生成するカルベン錯体3であり、第一世代の触媒と呼ばれている。第二世代の触媒の一例として酸化レニウムとMe4Snから合成される錯体4であり、安定な化合物である。弟三世代の触媒の代表的なものとしてSchrockらによるMoまたはWカルベン錯体5、6が挙げられる。これらは、第一、二世代の不均一系錯体と異なり均一系錯体であり、Et3Alなどで活性化する必要もない。しかし、酸素や水に対して極端に不安定であり、また合成も難しい。これらに対し、第四世代の代表であるGrubbs触媒2は水や酸素、酸に対して安定であり、また、置換基を持つオレフィンのメタセシス反応を進行させることができる。
それでは、ビニルカルベン錯体1から始まる第四世代の触媒について紹介する。
Grubbsらが1992年に発表したビニルカルベン錯体1はのぞみの触媒活性を認められなかった。そこでジエンのRCMにおけるビニルカルベン錯体7の配位子であるハロゲン、ホスフィン配位子についての検討が行われている。(Table1)。
Table1 Relative activity of the Catalyst7 in the RCM of Diethyl Diallylmalonate
これより、ハロゲン配位子はClの時に最も活性が高く、Iの時に活性が低くなっている。これより、ハロゲンの電子吸引性がCl>Br>Iでありトランス影響が大きく関連していることが予想される。また、ホスフィン配位子はPCy3の時に最も活性が高く、嵩高く電子供与性(bulky&electron rich)であるほうが良いということが分かる。この結果の速度論的な検討から次のような反応機構が考えられた(図7)。
図7
これよりさらに効果的な配位子の探索が現在行われている。なかでも、実験室規模で用いるには一分子のイミダゾリン−2−イリデンが配位したベンジリデン錯体8が安定性、活性の点など総合的に優れていると考えられる (Grubbsの第二世代触媒)。
▼応用例
オレフィンメタセシスを用いた合成の一例としてM.L.Snapperらによる(+)-Asteriscanolideの全合成を紹介する(図8)。
図8 (+)-Asteriscanolideの全合成
▼ボンビコールの3段階合成?
オレフィンメタセシス(クロスメタセシス)を用いることで私ボンビコールは3段階で合成することができるのでは(図9)?(あくまでも机上の理論です。実際に合成できるかは分かりません 。)
図9 ボンビコールの全合成 化学って面白いよね!! (2001/7/11 ボンビコール)
▼参考、関連文献
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【用語ミニ解説】
■R.H.Grubbs
(写真:C&EN)
Robert H. Grubbs 。Grubbs触媒の開発者。メタセシス反応の第一人者でを合成的、工業的にも実用的なものまで押し上げた。現在、未来のノーベル化学賞候補の一人である。
■Natta
(写真:Istituto e Museo di Storia della Scienza)
Giulio Natta。高分子の合成で有名。1968年「新しい触媒を用いた重合法開発と基礎的研究」によりK・ツィーグラーとノーベル化学賞受賞。
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■Schrock
Richard R. Schrock 。MIT教授。Grubbs触媒とほぼ同時期にモリブテンカルベン錯体を開発。 |