スウェーデンの王立科学アカデミーは8日、2008年のノーベル化学賞を、米ボストン大名誉教授、下村脩氏(80)ら3人に授与すると発表した。下村氏は京都府出身で、米マサチューセッツ州在住。下村氏らは飛躍的に発展している生命科学分野で欠かせない“道具”となっている緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見した。(引用:産経ニュース)
今年は物理学賞3名に加え、化学賞でも邦人研究者がノーベル賞を獲得しました!合計4人受賞と、過去にない「当たり年」となりました。おめでとうございます!
さて、本トピックでは、ノーベル賞の受賞対象となった緑色蛍光タンパク(GFP)について、またGFPによってもたらされた生命科学の発展と各ノーベル賞受賞者の業績などをまとめて紹介してみたいと思います。
(*以前別のコンテンツに執筆した記事を「化学者のつぶやき」に移植したものです)
緑色蛍光タンパクとは何か
緑色蛍光タンパク(Green Fluorescent Protein:GFP)とは、 オワンクラゲ(Aequorea victoria)から単離されるタンパク質の一種です。
ノーベル賞受賞者の一人、下村脩教授は「オワンクラゲがなぜ光るのか」ということに興味を持ち、その謎を解明すべく研究に着手しました。そして1962年にGFPの単離・精製[1]に成功しました。
家族総出で海にクラゲを捕りに行き数十万匹もの数を捕った、という逸話は既に各報道で有名になっています。当時から応用などは一切考えておらず、純粋な知的好奇心からの研究だったそうです。根気の要る地味な作業なのですが、そういう努力の積み重ねが、現代科学を基礎から発展させる基盤になっているのですね。
GFPの詳細な分子構造が解明されたのは、単離よりもずいぶん後になります。
GFPの分子量は約27 kDaであり、238のアミノ酸から構成されています。その 三次元構造は、1996年にX線結晶構造解析法によって解析されています。[2] 11のβシート単位が螺旋状に組織化し、発色団(白色部分)を包む形で円筒構造をとっています(図2)。この筒状構造は見た目美しいばかりでなく、外部要因から発色団を守って発光効率と寿命を向上させる、というシールドの役割も果たしています。 なんともエレガントな「ミクロ世界のランプシェード」なのです。
GFPの発光機構
GFPは生態環境内に置かれずとも、紫外線を当てれば光ることが後に示されました。GFPに限らず蛍光物質は発色団(chromophore)を持ちます。その多くは生体内反応を経て作り出されているので、当初は酵素関与で発光していると考えられていました。しかし実際にはそうでは無かったのです。
ではどういう仕組みで光るのでしょうか?
GFPの場合は、タンパク質の一部から発色団が作りだされているのです。 具体的にはSer65-Tyr66-Gly67の3アミノ酸残基が環化・酸化を起こすことで作り出されています(図3)。この詳細は受賞者の一人、Roger Tsien教授らによって明らかにされました。
こういったタイプの環化反応はエネルギー的に不利で、通常は起こりにくいものです。しかしタンパク質の配座が反応点を近接させるため、GFPにおいては特別に進行しやすくなっているのです。
オワンクラゲの体内で、GFPは光を受けて青色に光るイクオリン(aequorin)というタンパク質とセットで働きます。具体的にはイクオリンがまずエネルギーを吸収し、放出された青色蛍光をGFPが受け取って緑色に光る、という仕組みになっています[3]。一見遠回りで面倒くさいように見えますが、生体内ではこちらの方がエネルギー変換効率が良いことが分かっています。
以上述べてきたように、GFPは単量体で光る・発光に外部要因が不要(ただし酸素は必要)というユニークな性質を持っていました。この性質は「生化学系に与える影響が最小限で済む」ということを意味し、後述する応用目的に理想的な特性だったのです。
虹色の蛍光タンパク登場
さて、GFPの発光機構が分かれば、さらなる改良を施したくなるのも科学者です。Tsien教授は、タンパク質工学の手法を用いて、GFPを更に進化させることに成功しました。
すなわち、アミノ酸を変異させたり、様々な人工アミノ酸を組み込むことで、数々の人工蛍光タンパクを作り出したのです[4]。この研究の進展によって、赤橙黄緑青藍紫・あらゆる色に発光する蛍光タンパクが世に知られるところとなりました(図4)。Scholarpediaに詳細な内容がありますので、そちらもご参照ください。
上の写真は、GFPを発現させた菌を用いて絵を書くという、Tsien教授による遊び心たっぷりのプレゼンテーションです。
勿論これは、ただのお遊びで終わる技術ではありません。後述するタンパク質-タンパク質相互作用の解析や、複数の生命現象の同時追跡に必要不可欠な技術へと発展を遂げていくのです。
生命化学研究の潮流とGFP技術
ひと昔前までの生物学は、遺伝子を単離して配列を解明し、コードされるタンパク質の構造・機能を解析する・・・という方式で発展してきました。「遺伝子とタンパク質を網羅的に調べれば生命現象が分かるはずだ」といった安直な目論見も蔓延していたように思います。
しかし生命現象というのはそう単純なものではありません。タンパク質というものは、当然ながら環境から隔離された状態で何かを起こしているわけではないのです。
実際には、生体系という文脈のもとで多数のタンパク質が複雑に相互作用しあい、各々の構造的・化学的変化が次々とひき起こされる複雑系ネットワークを通じて、マクロな生命現象が発現してきます。複雑な生命現象を理解するためには、孤立した状態のタンパク質を詳細に解析するだけでは不十分だということです。各々のタンパク質が生体内でどう振る舞い、どのように相互作用するかを追跡する技術が、生命科学の更なる発展に向けて渇望されていました。
これを調べうる分析技術は、以下のような性質を持っていなければなりません。
① 生きている細胞・組織に使え、影響が極小であること (生体非侵襲性)
② 単一分子が検出可能なほど感度が高いこと
③ 望む特定分子のみを検出可能であること
この際、最も達成が難しいのは①の性質だと思われます。 GFPはもともと生物中にあったものですから、①のハードル解決に甚だ都合が良かったのです。
以上のような歴史的背景も、GFPの爆発的普及に無視できないものだったと思われます。
GFPの活用例
GFPは生命現象の追跡子(トレーサー)として最適な性質を持っていました。 この可能性を実験的に示したのが、受賞者の一人であるMartin Chalfie教授です。 彼は、大腸菌(Escherichia coli)と線虫(C.elegans)にGFPをコードする遺伝子を導入し、 生きたままの細胞内でGFPを発現させることに成功、生命現象トレーサーとしての可能性を示したのです[5]。
これをきっかけにGFP技術は爆発的な普及を店、数々のタンパク質の生体内挙動、ひいては、分子レベルの生命現象を、生命活動を停止させずに観測することが可能となりました。以下に応用例を示します。
生体高分子の可視化・追跡
最たる応用例は、標的タンパク質にGFPを連結(タグ付け)させることで、その局在挙動を検出するというものです。
標的遺伝子と終止コドンの間にGFP遺伝子を挿入した人工遺伝子を用意し、その導入を行ってやると、GFPでタグ付けされたタンパクが細胞内で製造されます(図5)。タグ付けによって標的タンパクの機能が影響を受ける可能性は考慮しなければなりませんが、GFPがサイズ的に小さいタンパクであることも手伝って、多くの場合に適用可能です。
また、先述の色違い蛍光タンパクを用いることで、生体組織毎に色分けして可視化することも可能です。図6は、細胞内組織を別色の蛍光タンパクを用いて可視化した写真です。チューブリン(緑)をGFPで、ミトコンドリア(赤)は赤色蛍光人工タンパクで、核(青)は人工蛍光色素で可視化してあります。
リポータータンパクとしての応用
GFPは、リポータータンパクとしても使用可能です。つまり、特定の遺伝子がどのタイミングで活性化されるか? ということを調べるときにも使えます。
これも要領はタグ付けと同じです。標的タンパク遺伝子の代わりにGFP遺伝子を組み込んだDNAを用いて、遺伝子改変を行ってやります。すると、標的遺伝子が活性化されるタイミングで、代わりにGFPが製造されてきます(図7)。生成したGFPを追跡する事で、タンパク質の発現タイミングをモニタリング可能になるのです。
これらの技術によって、時間軸を含んだ動的な生命現象が「生きた細胞」を使って観測可能となり、生命の理解が飛躍的に進んだのです。
遺伝子導入の成否判定
現在の遺伝子導入技術は、実はとても成功確率の低い(10-30%)ものです。それゆえ、同じ導入処理を施した沢山の動物(細胞)を作って、上手くいった個体をより分けて研究に用いる、というプロセスが不可欠になります。
望みの遺伝子が正確に導入されたかどうか―これはどうやったら分かるのでしょうか?勿論殺して組織をとって調べれば分かります。しかしそれでは、時間をかけて作った動物や細胞が勿体ないわけです。
この場合にも、GFPが活躍します。上記の要領で、改変遺伝子にGFP遺伝子をくっつけたものを導入してやります。遺伝子がうまく導入されれば、GFPも一緒に発現されます。つまり、遺伝子組み替えが上手くいった動物=緑色蛍光を発するようになる仕掛けを組み込んでやるのです。こうすると光を当ててやるだけで、遺伝子改変の成否が簡便に分かるわけです。
緑色に光るマウス(図8)などは、研究者のお遊びの産物ではなく、そもそもは手間のかかる遺伝子組み換え動物を無駄にせず、研究を迅速化させるために作り出されたもののようです。
生体高分子間の相互作用の検出
上記の多色GFPタグ付け技術と、FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)と呼ばれる化学現象を組み合わせることで、生体高分子間の相互作用を検出することが可能です。
FRETについての詳細は割愛しますが、簡単に言えば、二つの発色団が近い距離にあるときにはエネルギー移動が起き、蛍光挙動が変化する現象です。物質間距離にきわめて鋭敏であるため、生体高分子の相互作用解析に有効な手法として用いられます。
別種の蛍光タンパクでタグ付けされたタンパク質を例に取ります。両者の相互作用が無いときは通常の蛍光が観測されますが、相互作用があるときにはFRETが起きるため、元々の蛍光が弱まり、違う色の蛍光が発せられます(図9)。
これを自在に行うためには、広いスペクトル範囲における励起・蛍光波長をもつ蛍光タンパクを用意する必要があります。緑色蛍光のものだけあってもできません。それゆえ、多色人工蛍光タンパクの開発は、この技術の発展において欠かせないものだったのです。
GFP技術を使った研究論文は今や年間1000報以上報告されており、生命科学研究に与えたインパクトは計り知れません。ノーベル賞に十二分に値する技術です。
GFPを超える・・・かも知れない?人工技術
GFPのような巨大分子ではなく、「人工創製した小分子を、生きたまま生体分子に結合させることはできないのだろうか?」―これはポストGFPともよぶべき、現在の最先端研究の一つです。
人工小分子はタンパク分子に比べてバリエーションに富み、構造チューニングも容易です。分子量も小さいため、結合したタンパク質へ与える影響も小さいはずです。
もしこのようなことが自在に可能となれば、全く新しい考え方での生命現象解析が可能になるかも知れません。 また、積極的に他の生体高分子へと介入しうる人工分子を結合できれば、タンパク質間相互作用の制御、ひいては生命現象の制御が人工的にできるかも知れません。
この壮大な構想に挑む研究分野の主役は、タンパク質ではなく有機小分子です。それゆえ、分子を自在に設計・作成可能な有機化学者が力量をフルに発揮しうる分野でもあります。
事実、この領域は近年になって興味深い進展を見せています。詳細については、また別のトピックとして書いてみたいと思います。
栄光の陰に:ノーベル賞を逃した人々
惜しくもノーベル賞の栄誉にはあずかる事が出来なかった、GFP研究の発展におけるキーパーソンを紹介します。
◆ダグラス・プラシャー(Daglous Prasher)
PrasherはGFPをコードする遺伝子を同定し、そのアミノ酸配列を決定しました。受賞者であるChalfie・Tsien両教授にそのDNAを提供することで、GFP化学の進展を促したキーパーソンの一人でもあります(実際、いくつかの重要論文にも共著者として名前が残っています)。しかしながら、大学のテニュア(終身雇用権)を取る事が出来ず、いくつかのポストを転々とすることになります。最終的には研究費も底を突いてしまいました。現在は科学者としてではなく、バスドライバーとして生計をたてているそうです。
◆セルゲイ・ルキアノフ(Sergey A. Lukyanov)
Lukyanovは、DsRedと呼ばれる赤色蛍光を発するGFP類似タンパクを珊瑚から単離しました。珊瑚は生物発光を示さないということもあり、研究者に新たな着眼を与えるきっかけになりました。これにより、多数のGFP様タンパクの発見と理解が促されました。
それぞれの受賞者と業績
改めて以下にまとめておきます。
下村教授 | ・オワンクラゲから、GFPそのものを発見し、単離した。 ・イクオリンを介するオワンクラゲの発光メカニズムを解明した。 ・GFP自体が単独で、紫外線を当てると緑色に光ることを証明した。 |
Chalfie教授 | ・遺伝子工学的手法を用いて、GFPを生体細胞内で発現させることに成功。生命科学研究ツールとしての可能性を示した。 |
Tsien教授 | ・GFPの三次元構造、および発色団形成の分子機構を解明。 ・発色団の構造をチューニングし、緑色以外にも、様々な色に光る人工蛍光タンパクを創製した。また、GFP技術を使いやすいものに改良した。 ・異なる色の蛍光タンパクを個別に発現させる事で、並行して生じている生命現象を同時に、かつ区別して可視化することに成功した。 |
GFPの実用化・普及には米国科学者二人の貢献が欠かせないものでしたが、第一発見者である下村教授も同等に評価する姿勢は、基礎研究を重視するノーベル賞の素晴らしい点だと思えます。
おわりに
2008年は日本人ノーベル賞受賞者が4人、と大当たり年だったわけですが、そのうちの2人、下村教授はフルブライト奨学生で渡米、 南部教授は渡米後アメリカに帰化しています。当時の優秀な日本人科学者は、日本における研究環境に満足できずアメリカに飛び出してしまっていた、ということでもあります。
日本人の感覚では「日本人4人が受賞した」ということになりますが、あらゆる民族が雑多に混在する社会においては、「どの国の人か」は取得国籍で判断されます。つまり出生国はどうであろうと、アメリカ国籍を持っている人=アメリカ人という扱いになるのがグローバルスタンダードです。実際、海外マスメディアではしっかりと「アメリカの科学者と日本の科学者二人がノーベル物理学賞を受賞」という見出しで報道されています。
日本人の国民感情に依らず、彼らは世界的にはアメリカ人として見なされますし、彼らが稼いだ所得税もアメリカに吸収されてしまうわけです。頭脳流出がもたらす価値帰属問題というのは、感情論的にも経済的にも、無視できないものです。 この事実は、重く捉える意義のあることだと思います。
また今回は「何の価値もない物質」がノーベル賞に結びついたということですが、これは基礎研究の重要性を示す言葉であると共に、懐の広い科学政策の在り方がいかに重要か、ということも示してはいないでしょうか。
現在の日本の研究環境はどうでしょうか?自由闊達な研究を寛容し、育む空気はこれからも残るでしょうか? 優秀な人材を手放さないために、相応の待遇を用意する風潮はあるでしょうか? 若い斬新な発想を奨励する社会システムはあるでしょうか?研究者がじっくり深く物事を考えられる時間は提供されているでしょうか?
ノーベル賞科学者を量産したいのであれば、幅広い基礎研究を育む土壌の育成、それを担う未来の科学者たちへの育成奨励、国民の理解獲得・広報活動など、これまで以上に戦略的な科学政策マネジメントが必要となるはずです。
邦人のノーベル賞受賞が続出している現在、国家の科学政策は、今後ますます重要な意味を持ってくるでしょう。科学研究に携わる一人として、今度の動向に注目していきたいところです。
(2009. 1. 3. cosine)
参考文献
[1] Shimomura, O. et al. J. Cell. Comp. Physiol 1962, 59: 223. doi:10.1002/jcp.1030590302
[2] (a) Tsien, R. Y.; Prasher, D. et al. Science 1996, 273, 1392. DOI: 10.1126/science.273.5280.1392 (b) Phillips, G. N. Jr. Nat. Biotechnol. 1996, 14, 1246. doi:10.1038/nbt1096-1246
[3] Shimomura, O. Biochemistry 1974, 13, 2656. doi:10.1016/0378-1119(92)90691-H
[4] Tsien R. Y. et al. Nature 1995, 373, 663. doi:10.1038/373663b0
[5] Chalfie, M. et al. Science 1994, 263, 802. doi:10.1126/science.8303295
[A] Nienhaus, G. U. Angew. Chem. Int. Ed. EarlyView. doi:10.1002/anie.200804998
[B] Tsien, R. Y. Annu. Rev. Biochem. 1998, 67, 509. doi:10.1146/annurev.biochem.67.1.509
[C] Tsien R. Y. et al. TIBS 1995, 20, 448.
関連書籍
[amazonjs asin=”4888511578″ locale=”JP” title=”クラゲに学ぶ―ノーベル賞への道”][amazonjs asin=”4022599553″ locale=”JP” title=”クラゲの光に魅せられて ノーベル化学賞の原点 (朝日選書)”]