MSの基礎知識 |
▼ MSとは?
MSとはmass spectrometry(質量分析)の略称で、試料をイオン化し生成したイオンを電界や磁界の働きによってm/zの値に分けスペクトルを得る分析方法のひとつである。
▼ 原理
分子に高エネルギーの電子をあてると、分子は1個の電子を放出してラジカルカチオンになる。これがさらに十分なエネルギーをもっていればイオン、ラジカルイオン、中性分子、中性ラジカルへと開裂する(図1)。また、この開裂のことをフラグメンテーションと呼ぶ。
図1 MSにおける分子の開裂
イオンとラジカルイオン(フラグメントイオン)は質量分析計で検知される。分子イオンの開裂はある法則にしたがって起こるため、生成したフラグメントイオンを解析することによって、測定試料の構造を知ることができる。
▼ 装置・測定法
MSの測定装置は大きく分けて試料導入部、イオン化部、質量分離部、検出部、データ処理部の5つから構成されている。
a.試料導入部
試料の導入方法には直接イオン化部に持っていく直接導入法、ガスクロマトグラフィーによって混合物の分離を行いながらイオン化部に持っていく方法(GC/MS)、液体クロマトグラフィーによって混合物の分離を行いながらイオン化部に持っていく方法(LC/MS)がある。
b.イオン化部
イオン化を行うための装置(それぞれ原理が異なる)には現在市販され標準的に使用されているものでも数種類あり、試料にあった方法(装置)を選び出すことがMSにおけるよい結果を得るためのポイントである。装置の種類(イオン化法)、特徴を表1に示す。
表1 代表的なイオン化法とその特徴
c.質量分離部
質量分離部は前段階のイオン化によって生成したイオンを分離し検出部に送る働きをもっている。この分離能によってMSの精度は決まる。
d.検出部
質量分離され検出部まで到達するイオンは少量であるため、ここから得られる電気信号を増幅して検出する必要がある。
▼ 解析方法
1)フラグメンテーション
フラグメンテーションは、ラジカル開裂、イオン開裂、McLafferty転移、4員環転移の4種類に分類できる。
a.ラジカル開裂
ラジカルが出て行くことによって起こる開裂で最も一般的な開裂の1つである(図2)。
図2 ラジカル開裂
b.イオン開裂
カチオンが電子を吸引して起こる開裂(図3)。
図3 イオン開裂
c.McLafferty転移
ラジカル電子が適当な位置にある水素と結合することによって起こる開裂(図4)。
図4 McLafferty転移
d.4員環転移
カチオンが水素を引き寄せ4員環遷移状態を経て新しい結合が生成する(図5)。
図5 4員環転移
2)解析
環状化合物や移住結合を持った化合物の分子イオンは安定であるためピークは強く現れる。逆に脂肪族アルコールなどは不安定であるためピークは弱くなる。分子イオンの安定度を次に示す。
芳香族>共役不飽和化合物>脂環式化合物>飽和炭化水素>アミン>エーテル>アルコール
MSスペクトルはその化合物の分子量よりも質量が1また2大きい位置に小さいピークが現れる。これは天然体にの同位体に依存するピークで同位体ピークという。塩素や臭素などの同位体ピークの大きいものは構造組成の中にそれらの分子が含まれているか?、また、何個含まれているかを知ることができる。
a.飽和炭化水素
飽和炭化水素のMSスペクトルは、-CH2-に由来するm/z14ずつ離れたピークが現れるのが特徴である。また、プロピル基(m/z43)やブチル基(m/z57)のピークが特に強く現れる。側鎖のある化合物は、側鎖が開裂しやすくこのため、ピークの相対的強度は小さくなる。
b.不飽和炭化水素
二重結合の位置がフラグメンテーション中に移動するため、分子構造の解析には向いていない。
c.芳香族炭化水素
芳香環が安定であるため、分子イオンのピークが強く現れる。芳香環の側鎖からフラグメンテーションが起こりフェニルイオンピーク(m/z77)が見られるときはベンゼン誘導体であると考えられる。
d.ハロゲン化合物
ハロゲン原子のイオン開裂、脱ハロゲン化水素(McLafferty転移の後イオン開裂)が起こる。芳香族ハロゲン化物の場合はハロゲンの脱離が最初に起こる。塩素(35Cl:37Cl=3:1)や臭素(79Br:81Br=100:98)は同位体ピークからその存在を確認することができる。
e.アルコール、エーテル
脂肪族アルコールの分子イオンピークは弱く、ほとんど現れない(フラグメンテーションはラジカル開裂と脱水反応)。また、脂肪族エーテルの分子イオンピークもほとんど現れない(フラグメンテーションはラジカル開裂、イオン開裂、4員環転移)。
f.カルボニル化合物
酸素の非共有電子対の1個の電子を失いラジカルイオンとなる。主なフラグメンテーションはラジカル開裂とMcLafferty転移が起こりやすい。
g.カルボン酸誘導体
脂肪族カルボン酸はMcLafferty転移後、ラジカル開裂が起こる。また、芳香族カルボン酸では強い分子イオンピークが現れる。
▼ 実際の解析
それでは実際に簡単な分子(酢酸、シクロヘキサノン、クロロベンゼン:図6)のMSスペクトルを解析してみる。
図6 酢酸、シクロヘキサノン、クロロベンゼン
●酢酸
図7 酢酸のMSスペクトル(SDBSweb:http://riodb.aist.go.jp/sdbs/2001/02/18)
図7は酢酸のMSスペクトルである。フラグメンテーションを図8に示す。
図8 酢酸のフラグメンテーション
まず、カルボニル酸素の非共有電子対のひとつが失われラジカルイオン(m/z=60)となる。その後、ラジカル開裂が青(m/z=43)、緑(m/z=45)の二種類で起こる。青のラジカル開裂においてはさらにもう一度ラジカル開裂が起こりメチルカチオン(m/z=15)が生成する。
●シクロヘキサノン
図9 シクロヘキサノンのMSスペクトル(SDBSweb:http://riodb.aist.go.jp/sdbs/2001/02/18)
図9はシクロヘキサノンのMSスペクトルである。フラグメンテーションを図10に示す。
図10 シクロヘキサノンのフラグメンテーション
まず、カルボニル酸素の非共有電子対のひとつが失われ分子イオン(m/z98)となる。その後、ラジカル開裂をした後に、McLafferty転移によるフラグメンテーション(青)とイオン開裂によるフラグメンテーション(緑)の2種類が考えられる。青のルートはその後、イオン開裂をし(m/z55)、さらにもう一度イオン開裂(m/z27)を行う。緑のルートはm/z70のラジカルイオンが生成した後、イオン開裂をしm/z44のラジカルイオンを生成する。
●クロロベンゼン
図11 クロロベンゼンのMSスペクトル(SDBSweb:http://riodb.aist.go.jp/sdbs/2001/02/18)
図11はクロロベンゼンのMSスペクトルである。フラグメンテーションを図12に示す。
図12 クロロベンゼンのフラグメンテーション
まず、塩素の非共有電子対の電子ひとつがのぞかれ分子イオンとなった(m/z112)後、イオン開裂を起こす(m/z77)。
フラグメンテーション・・・・・。かなりいろいろな機構が考えられるためにとっても難しい...。 でも(だから?)有機って面白いよね!? (by ボンビコール)
▼参考、関連文献
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