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有機化学の偉人

 

 

有機化学の偉人と題して、今回は有機化学に関する多大な業績を残した化学者を何人か紹介しましょう。

 

有機化学は化学の中でも比較的新しい学問ですので、まだ有名な反応や理論を残した化学者が現役でいたり、まだ元気で生きている方も多い。しかし、今回は19世紀〜20世紀前半に活躍した化学者にスポットをあててみることにしよう。

※物語形式にしているので一部事実と異なるところがあるかもしれません。ご了承ください。

 

〜イタリアの副大統領〜  カニッツァロ Stanislao Cannizzaro(1826〜1910) 

  

 カニッツァロ反応(Cannizzaro reaction)(図1)で有名なカニッツァロ。学部でも習う反応の一つですね。私はこのイタリアチックな響きの珍しさと自身で酸化還元反応を起こすということで、個人的に好きな反応です。このカニッツァロはなんとイタリアで副大統領まで勤めた人でした。

図1 Cannizzaro reaction(Rは水素を持たないもの)

 

 カニッツァロは1826年、イタリアシチリア島北西部の港湾都市パレルモPalermoに生まれ、故郷とナポリNapoli、ピサ Pisa の各大学で化学を修めました。

 1848年、フランスの2月革命に刺激され、イタリアでも革命が起こり、その際22歳だったカニッツァロは革命軍に参加しました。しかし、その革命は失敗に終わり、カニッツァロも捕らえられ死刑の宣告を受けましたが、逃亡し難を逃れています。ここで逃亡に失敗し、再び捕らえられて死刑になっていたら、この反応は「カニッツァロ反応」という名前ではなかったかもしれませんね。

 

 パリに逃亡したカニッツァロはシュヴルール(1786〜1889)らの下で油脂の研究に従事し1851年に塩化シアンにアンモニアを加えてシアナミドを合成しています。(図2)

図2

原料の塩化シアンはフランス軍がドイツ軍のホスゲンCOCl2に対抗して使用した毒ガスですが、生成物のシアナミドは肥料にもなります。

 

 1851年にイタリアに戻り、ピエモンテPiemonteのアッセンドリアAlessandria工科大学の物理、化学の教授に就任し、ここで有名なカニッツァロ反応を発見します。その後1856年にはジェノバ大学化学主任教授、1861年パレルモ大学化学教授、またローマ大学の教授も兼任しました。この間、当時埋もれていたアボガドロによって仮定された分子説の正しいことを確立するのに寄与しました。

 

 1871年にはイタリア統一王国の元老院に入り、憲法の制定、文部・構成関係の政府委員として活動してイタリアの副大統領も勤めました。1906年にはローマで開催された国際応用化学会議で名誉総裁として選出されました。

 

〜ベンゼンの構造〜 ケクレ Friedrich August Kekule' (1829〜1896) 

  

 亀の甲と称されるベンゼン。そのベンゼン構造理論の仮説を唱えたのはケクレです。現在でもケクレのベンゼン表示法は共鳴を考えるときに便宜的に多用しますね。

 

 ケクレは、ヘッセン・ダムルシュタット Hessen Darmstadt大公国の首都ダムルシュタットに生まれました。裕福な家柄で、幼児から秀才であったそうです。1847年にギーセン GieBen大学に建築学を専攻するために入学します。彼は、建築を学んだことについて、後に化学に転向してから大いに役立ったと述しています。

 

 ケクレを化学に引きつけたのはリービッヒ(1803〜1873)の影響だったと言われています。ケクレの処女研究テーマは、イソアミル硫酸C5H11OSO3Hとその塩類に関するものでした。青年時代ケクレは毎日3〜4時間の睡眠で化学に没頭したようです。

 

 1866年有名な"ベンゼンの炭素原子は環を作り、しかも単結合と二重結合が交互に結合しており、それぞれの炭素に水素が1個ついている"ケクレのベンゼン構造が唱えられました。しかし、この説に従うと例えば、1,2ジブロモベンゼンなどは二重結合の位置の違いで2つの構造をとることとなり問題になった。そこで1872年に''ベンゼン及びその誘導体には平衡関係が2つの形があるが、その平衡は非常に速いので、それぞれの物質を単離することはできない''と述べています。

 

 このどちらも現在では間違っていて、そのような平衡も存在しないことは周知のことではあるが、この表示法は違った意味で現在も役に立っている。

 

 ケクレの発送は「居眠り」から生まれたといわれています。例えば''たくさん蛇が出てきて、その一匹が自分の尻尾を加えて旋回している夢を見た。それがベンゼン構造理論のヒントとなった"と本人も言っています。

 

いつも居眠りしている方もこのようなヒントを探しているのでしょうか・・。

 

▼ 〜第2回ノーベル化学賞〜 フィッシャー Emil Fisher (1852〜1919)  

  

 第2回のノーベル化学賞に輝いたフィッシャー。Fischer投影式Fischerのインドール合成は一度は聞いたこと使ったことがあると思います。

 

フィッシャーはドイツ西部のケルン近郊の街オイスキルヘンEuskirchenに生まれました。父は醸造業、染色業などを営み資産家で裕福な家庭でした。8人兄弟の末っ子でしたが、みな女の子でフィッシャーは長男として父に期待を寄せられながら育っています。

 彼はは頭がよく13歳のときにギナジウム大学に入り、16歳で卒業しました。恐ろしい子供ですね。しかし、商売事は全くだめだったと言われています。

 

 1871年ボン大学、翌年ストラトブルク大学で色素科学の研究をしています。初期の研究は従兄弟のオットーと共に行ったロザーニンrosanilineとその類縁体に関するものでした。

1875年にフェニルヒドラジンC6H5NHNH2を開発し、炭化水素と反応して明るい黄色の結晶を作ることに気付き糖の化学にさらなる飛躍を与えました。そのが糖を光学活性 optical activityによって+と-に分類し、p(+)-グリセリンアルデヒド(図3)をp-系列の基礎とする分類体系を築き上げました。また、ここで使われたのが有名なFischer投影式です

      図3 

さらに1882年には尿素やカフェイン等の一連の化合物を「プリンpurine」と関連づけ、数年間で100種類を超える類縁体を合成、1886年にはフェニルヒドラジンの誘導体からインドール誘導体の合成(Fishcherのインドール合成)、その後たんぱく質の高分子分野でも業績を残しています。

 

その結果、1892年に39歳の若さでドイツ化学会会長に任命され、これらの糖類、プリン誘導体、たんぱく質の研究より第2回のノーベル化学賞を受賞しました。

 

   図4

 フィッシャーの生きた時代はドイツ=化学の式が成り立つほどドイツは化学の中心でした。上にあげたケクレもその中心人物です。

 

 

〜一番有名!?〜  グリニャール Francois August Victor Grignard(1871〜1935) 

   

 グリニャール試薬Grignard reagent。これを知らなければもぐりとさえ言われます。グリニャール反応についてもあえて説明は要らないでしょう。

 

 グリニャールは1871年フランス北西部の港湾都市シェルブールにうまれました。幼少時代はこれまた優秀であったといわれています。しかし、彼は数学が好きで化学があまり好きではありませんでした。理論が中心の数学に対して、経験と多くの記憶を必要とするものが化学であったからです。

 ところが友人の影響で有機化学に興味をもち、リヨン大学で有機金属化合物を研究することになります。

 

当時、ロシアのザイツェフ(Zaitsev則を提唱した人 1841〜1910)によりエステルやケトンを亜鉛存在下ヨウ化アルキルと反応させて第2級、第3級アルコールを得る反応を発見していました。これに対して、グリニャールの師匠であるバルビエは代わりにマグネシウムを用いることを提案し、その研究はグリニャールに引き継がれました

。そして1900年に記念すべきグリニャール試薬の第一報を発表したのです。

 

 その後1912年には水素添加反応にニッケルが有効な触媒として働くことを発見し、同じフランスのサバティエ(1854〜1941)と共にノーベル化学賞にも輝いています。

グリニャール試薬は改良された物も含み、現在でも盛んに用いられています。

 しかし、有機合成化学の分野における最大の発見とも言われるこの試薬、反応も高校化学の範囲では一切登場しませんね。なぜでしょう?

 

 ちょっと長くなりましたけど、過去の有機化学の偉人を4人あげてみました。その他にも多くの化学者が有機化学を研究してきました。このような背景を知ることは、直接化学の知識とはならないかもしれませんが、重要なことだと思います。しかし深入りには気をつけてください。論文などで気になる名前を見つけたらその生い立ちや業績などを調べてみても面白いかもしれません。参考文献は化学全般のものですが読んでみるといいでしょう。

有機って面白いよね!!

 

(by ブレビコミン)

 

参考、関連文献

 

・化学者111話化学が歩んだ道 園部利彦 著 近代文藝社(1995)

・ノーベル賞 矢野暢 著 中央公論社

・世界科学者辞典 原書房

 

関連リンク

 

カニッツァロ反応(Cannizzaro reaction)

Cannizzaro!

Fischerのインドール合成

グリニャール反応