[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

生合成を模倣した有機合成

[スポンサーリンク]

天然には複雑でかつ興味深い生物活性を有する化合物が多数存在する。しかし、天然から採取できるサンプルは微量であることが多く、また環境の変化により生産されなくなってしまう場合もある。そこで化学反応を用いて合成し、供給することで、生物学的観点での発展に貢献していける。こういった研究分野が天然物の全合成である。全合成は登山にたとえられるほど困難な場合も少なくない。

さて、生物が天然物を合成するルート、すなわち生合成経路を1つの指針として全合成を進めることは、極めて合理的とされている。より反応の進みやすい方向に沿った合成経路となりやすく、また立体制御を有利に進められることが多いためである。また、生合成仮説の検証という面でも有意義である。

こういった事情から近年、生合成仮説に基づき、それを模倣した天然物の全合成研究が多数展開されている。 今回はそのような例をいくつかとりあげてみよう。

 

Plagiospirolide

Plagiochila moritzianaというコケより単離されたplagiospirolide A (1) は、2をジエノフィル、3aをジエンとするDiels-Alder反応によって生合成されるという仮説が提唱されていた。

そこで、加藤ら[1]は3aへと容易に熱異性化が起こる前駆体3b2を合成し、これらをフラスコ内で反応させることを試みた。するとなんとベンゼン中25℃という温和な条件で反応が進行し、plagiospirolide A (1)が得られることが分かった。この付加反応には8種類の異性体が生成する可能性があるが、興味深いことにそのうちただ一種類、すなわち1のみが選択的に精製することも確認されている。

biomimetic_synthesis_1

longithorone A

1994年、パラオ諸島の近海のホヤから単離・構造決定されたlongithorone A (4)は、6個の不斉炭素とアトロプ異性を持つキノン構造を有している、合成化学的に興味深い化合物である。

Diels-Alder反応が2回含まれる生合成仮説が提示されているが、Shairらは2002年、この仮説に基づく合成をやってのけた[2]。すなわち、フラグメント5a5bを別途合成し、これらを分子間Diels-Alder反応に伏すことで立体選択性は低い者の、6を合成できた。TBS保護基がアトロプ異性の制御に効いている。このTBS保護基を除去し、キノンに酸化したところ、今度は分子内Diels-Alder反応が室温下に進行し、単一のジアステレオマーとしてlongithorone A (4)を与えることが分かった。

 

biomimetic_synthesis_2

 (-)-Cylindrocyclophanes

1992年に構造が報告されたCylindrocyclophanes(8)は[7,7]-paracyclophane骨格を有しており、rasorcinolを含むユニットが二量化するという生合成仮説が提唱されている。

Smithらはこの生合成仮説を念頭に置いた全合成を行った[3]。すなわち、オレフィンクロスメタセシスを用いてモノマー9を二量化させ、後続の変換に伏すことでCylindrocyclophanes(8)の不斉合成 を達成した。

biomimetic_synthesis_3

FR-182877

1998年、放線菌から単離されたFR-182877(11)はタキソールと同様にチューブリン脱重合阻害作用を示す。構造を見れば分かるように、多くの不斉点及び複雑に入り組んだ縮環化合物であり、合成には困難が予想される。

Sorensen、Evansらはほぼ同時期に同様な合成ルートを提案し、この全合成を達成した[4]。すなわち、1213のような大環状化合物を合成し、分子内Diels-Alder反応を進行させることにで、FR-182877(11)の全ての炭素骨格と不斉点を一挙に構築した。しかも、得られた付加体は単一のジアステレオマーであった。両合成とも、予想したとおりいとも簡単に反応が進行したように見えるが、相当の苦労を要している。詳しくは、Sorensen、Evansらのfull paper[5]を参照されたい。

biomimetic_synthesis_4

 

epoxyquinol A&B

epoxyquinolA(16a)、B(16b)は理化学研究所の長田らによって単離構造決定された天然物であり、血管新生阻害作用を有している。見てのとおり複雑な構造をしているが、長田らは同様の培養液からモノマー14が単離されたことを受け、16a/16b14の二量化によって生合成されているとの仮説を提唱した[6]。16の全合成は一見困難であるように見えるが、そう考えるとモノマー14を二量化させるような合成経路が浮かんでくるだろう。

実際、16a16bは林、Porco、Mehta[7]のグループよって全合成が達成されている。今回は林らの合成を紹介する。

14の1級水酸基のみを二酸化マンガンによって酸化することで15が生成し、引き続く6π電子環状反応→Diels-Alder反応が進行し、室温下に16aを40%、16bを25%の収率でそれぞれ得ることに成功した。この結果は長田らの生合成仮説をフラスコ内で実証したことに相当する。

 

biomimetic_synthesis_5

panepophenanthrin

ユビキチン活性酵素阻害剤であるpanepophenanthrin(19)は、Baldwin、Porco、Mehtaらによって全合成が達成されている[8]。

ここではPorcoらの合成を紹介したい。17のTBS及びケタールを除去し18を得、そのまま分子内Dilels-Alder反応を経ることで、19の全合成を達成した。

ここでは3級水酸基の存在が重要だと報告されている。。3級水酸基がない基質で分子間Diels-Alder反応を行うと二量体は生成するものの、加熱によって単量体に逆戻りしてしまう。3級水酸基によるヘミアセター形成がポイントであり、これが生成物の熱力学的安定性を高め、Diels-Alder反応を不可逆にしている。言い換えれば、逆反応を起こさせないための”鍵”の役割をしているのである。

biomimetic_synthesis_6

まとめ

以上、天然物の生合成模倣型全合成について数例紹介した。これらの研究成果は天然物を合理的かつ立体選択的に合成できる、有用な戦略を提示してくれている。

お気づきだろうが、これらはDiels-Alder反応を介しているものが多い。Diels-Alder反応を触媒する酵素(Diels-Alderase)の存在が指摘されており、近年その存在が明らかとなっている[9]。こちらも参考文献を参照されたい。

(2004/9/10 執筆 by ブレビコミン,  2015/8/21 加筆修正 by cosine)
(※本記事は以前より公開されていたものを「つぶやき」ブログに加筆修正を経て移行したものです)

関連書籍

[amazonjs asin=”3527325808″ locale=”JP” title=”Biomimetic Organic Synthesis, 2 Volume Set”]

参考文献

  1. N. Kato et al. J. Chem. Soc., Perkin Trans, 1, 1047 (1994).
  2. M. E. Layton, C. A. Morales, and M. D. Shair, J. Am. Chem. Soc., 124, 773 (2002).
  3. A. B. Smith, III et al. J. Am. Chem. Soc., 123, 5925 (2001).
  4. (a) E. J. Sorensen et al. J. Am. Chem. Soc., 124, 4552 (2002). (b) D. A. Evans et al. Angew. Chem., Int. Ed., 41, 1787 (2002).
  5. (a) E. J. Sorensen et al. J. Am. Chem. Soc., 125, 5393 (2003). (b) D. A. Evans et al. J. Am. Chem. Soc., 125, 13531 (2003).
  6. H. Osada et al. J. Am. Chem. Soc., 124, 3496 (2002).
  7. (a) Y. Hayashi et al. Angew. Chem., Int. Ed., 41, 3192 (2002).(b) J. A. Porco, Jr. et al. Org. Lett. 4, 3267 (2002). (c) G. Mehta et al. Tetrahedron Lett., 44, 3569 (2003).
  8. (a) J. A. Porco, Jr. et al. Angew. Chem., Int. Ed., 42, 3913 (2002). (b) J. E. Baldwin et al. Org Lett., 5, 2987 (2003). (c) G. Mehta et al. Tetrahedron Lett., 45, 1985 (2004).
  9. 及川英秋, 有合化, 62, 778 (2004).
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2017年8月号:C-H活性化・アリール化重合…
  2. 光とともに変身する有機結晶?! ~紫外光照射で発光色変化しながら…
  3. 合成手法に焦点を当てて全合成研究を見る「テトロドトキシン~その1…
  4. 【1月開催】第五回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機チ…
  5. 連続アズレン含有グラフェンナノリボンの精密合成
  6. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑤
  7. 今年は Carl Bosch 生誕 150周年です
  8. 免疫/アレルギーーChemical Times特集より

注目情報

ピックアップ記事

  1. エシュバイラー・クラーク反応 Eschweiler-Clarke Reaction
  2. 2013年就活体験記(1)
  3. 量子化学計算を駆使した不斉ホスフィン配位子設計から導かれる新たな不斉ホウ素化反応
  4. テクノシグマのミニオイルバス MOB-200 を試してみた
  5. 第18回次世代を担う有機化学シンポジウム
  6. 微小な前立腺がんを迅速・高感度に蛍光検出する
  7. 隣接基関与 Neighboring Group Participation
  8. みんなおなじみ DMSO が医薬品として承認!
  9. スルホキシイミンを用いた一級アミン合成法
  10. DOIって何?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2004年9月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー