パラジウムと有機合成 |
近年の有機合成における遷移金属は多くの使用例があり、全合成の論文の中でもキーステップとされるくらい研究がなされている。
合成反応に役立つ多くの遷移金属触媒の中でも,パラジウム触媒は最も多角的で,触媒反応の種類も多い。パラジウムの触媒作用は,Wacker法や酢酸ビニル製造のようなPd(0)を用いる酸化的(脱水素)反応と,溝呂木-Heck反応 などのPd(0)錯体による触媒反応に大別できる。
ここ2、3年の中で特にパラジウム金属錯体を使った有機合成は大きな進展をみせている。よって今回は遷移金属の中でもパラジウムを使った有機合成についてまとめ、説明してみよう。 まずはパラジウムとは何か?というところから。
▼パラジウムとは?
▼合成化学的なパラジウムの歴史
有機合成のパラジウム触媒の歴史は、1958年にエチレンをPdCl2を触媒として用い、アセトセトアルデヒドへ変換するWacker法が工業化されたのが始まりである。
1960年代には日本でも東京工業大学辻二郎名誉教授らが先立って、Pdの研究を始めた。1972年にはハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて、置換オレフィンをつくるMizoroghi-Heck反応、ハロゲン化アリールまたはハロアルカンに触媒量のPd(0)触媒、ヨウ化銅とアミンを加えた後、末端アセチレンを反応させると、二置換アセチレンが合成できるSonogashiraアセチレンカップリング反応、1978年パラジウム触媒を用いる有機スズ化合物のクロスカップリングにより、置換オレフィンを合成するStilleクロスカップリング反応、同年、ビニルホウ素化合物と有機ハロゲン化合物をクロスカップリングさせて、置換オレフィンを合成するSuzukiビニルカップリング反応が開発された。
反応名に日本人の名前が多いように、パラジウム触媒を使ったケミストリーは日本が最先端を走っていた。
近年パラジウム触媒は研究し尽くされ、完成された遷移金属触媒と考えられていたが、ここ最近になって新たな展開を見せている。この話は後の最近の利用例で触れてみることにしよう。
▼有機合成での利用
有機合成においてパラジウム触媒の利用を紹介してみよう。反応の概要は関連リンクを参照してください。
酸化的付加、オレフィン挿入の組み合わせ反応。複雑な分子の合成への応用も可能。近年不斉Heck反応も開発され 様々な分野への応用が広がっている。
ヒドロホウ素化反応は、長年にわたり研究され多くの反応例が知られているので、ホウ素化合物を作るのは容易で、これを利用したカップリング反応は有用である。ホウ素は求電子的であるがヒドロキシ基のようなアニオン性の塩基を加えることにより求核性が向上し、ホウ素からパラジウムのトランスメタル化が容易に達成できる。
■Stille Cross Coupling Reaction 有機合成において最も広く用いられていて研究されているパラジウム触媒反応の一つ。副生されるスズ化合物には毒性があり、除去が困難であるにもかかわらず、スズ化合物の利用は広がっている。
これらの反応の選択性は配位子、溶媒等種々の因子に大きく左右され、パラジウム触媒反応の最適条件を統一的に考えることはいまだ難しい。
▼最近の利用例
ここ数年で展開された有機合成へのパラジウム触媒の利用についてピックアップしてみる。
このリガンドを含んだパラジウム錯体は、Sonogashiraアセチレンカップリング反応を反応性の低いアリル ブロミドでの反応を室温で進行させたり(Organic Lett,,2000,1729-1731)、Suzukiビニルカップリング反応を同じくアリルブ ロミドやアリルクロリドまでも高収率で進行する(J.Am.Chem.Soc,1999,121,9550-9561)ことが報告されている。
さらにPd触媒がグリニャール反応のようにNucleophilc(求核的)な反応剤として反応することができることが報告された。(図3)現在はまだ分子内反応だけのようであるが、これが他の基質、分子間反応に適用できれば触媒的なグリニャール型反応となり非常に有効である。
図3 触媒的グリニャール反応
試しにJ.Am.Chem.Soc.を「palladium」で1997年から現在まで検索してみたところ171件もの文献が表示された。それだけ最近パラジウムについて注目されている。
以上、パラジウムと有機合成について述べてみましたが、パラジウム等の遷移金属は天然物の合成だけでなく、高分子や機能性材料または、固相コンビナトリアル合成等様々な分野で活躍している。興味があれば、他分野またはその他の金属についても調べてみると面白いだろう。 化学って面白いよね!!
(2000.4.24 by ブレビコミン)
▼参考、関連文献
・季刊 化学総説 No.47,2000 「有機合成化学の新潮流」 日本化学会編(2000) ・ヘゲダス 遷移金属による有機合成 L.S.Hegedus著 村井真二訳 東京化学同人(2001) ・大学院講義有機化学I 野依良治ほか編 東京化学同人(1999) ・James S.Panek and Tao Hu J.Org.Chem.,62,4912-4913(1997) ・Long Guo Quan Yoshinori Yamamoto et al. J.Am.Chem.Soc.,122,4827-4828(2000) ・Jinkun Huang and Steven P. Nolan et.al. J.Am.Chem.Soc.,121,9889-9890(1999) ・Nishiyama.M,Yamamoto,T et al.,Tetrahedron Lett,,39,617-620(1998) ・Thomas Hundertmark et al.,Organic Lett,1729-1731(2000) ・John.P.Wolfe. et al.J.Am.Chem.Soc,,121,9550-9561(1999)
・Palladium Reagents and Catalysts 辻二郎先生の著書。e-Bookでも購入可能。
▼関連試薬
【Aldrich 】 カルベン配 分子量:427.06 値段: 1 g 10,100 円 (2008.11.2 現在) 用途: 配位子 説明: 立体的にかさ高い基を有するNHCイミダゾリジン配位子は、パラジウム触媒によるアニリドの環化反応を始め、アリールクロライドのアミノ化反応21、エステルエノラートのアリール化によるa-アリールエステルの生成、不活性アルキルブロミドの薗頭反応、ルテニウム触媒によるRCM反応などに応用されています。 その他のカルベン配位子:カルベン配位子
▼関連リンク
・パラジウム ・Wako Organic Square 2000,No.5(Pdf,12ページ) ・TCIメール 2000.1 Suzuki反応を利用したビアリール合成(Pdf,5ページ) Heck Reaction/Heck reaction supplementary material/Heck Reaction/HEC-TAB/The Heck Reaction(Pdf) The Heck Reaction in Iogic Liquids
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【用語ミニ解説】
Pd(0)を触媒として用いて、ハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンとクロスカップリングさせて、置換オレフィンをつくる反応。官能基選択性が優れており、収率も高い。生成するオレフィンの位置異性化が起こらない系に対して有効である。基質にアリルアルコール類を用いると、生成オレフィンの位置異性化によりカルボニルが得られる。
■辻二郎
(写真:桜花会HP)
東京工業大学名誉教授。πアリルパラジウム錯体を用いた合成反応等繊維金属触媒を用いた合成反応を多数開発。日本学士院賞も受賞している。Tsuji-Trost反応という人名反応も残している。講演を昔聞いたことがあるが、非常にわかりやすくそして化学に対する熱意が伝わってくる。すばらしい先生だと思います。
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