概要
Dess-Martinペルヨージナン(DMP)は温和な酸化剤であり、第1級アルコールからアルデヒドを、第2級アルコールからケトンを得ることができる。
反応は室温付近で速やかに進行し、極めて高い官能基許容性を誇るために、複雑な化合物合成によく使用されている。
たとえば立体的に混みあったアルコール、ラセミ化しやすいα位に不斉中心を持つカルボニル化合物、α,β-不飽和アルデヒドの合成、酸・塩基に不安定な基質にも適用可能であり、アミン・スルフィド・セレ二ドなども共存可能である。
基本文献
- Dess, D. B.; Martin, J. C. J. Org. Chem. 1983, 48, 4155. DOI: 10.1021/jo00170a070
- Dess, D. B.; Matrin, J. C. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 7277. doi:10.1021/ja00019a027
- Meyer, S. D.; Schreiber, S. L. J. Org. Chem. 1994, 59, 7549. doi:10.1021/jo00103a067
- Stevenson, P. J.; Treacy, A. B. J. C. S. Perkin Trans. 2 1997, 589. DOI: 10.1039/a605253c
- Schröckeneder, A.; Stichnoth, D.; Mayer, p.; Trauner, D. Beil. J. Org. Chem. 2012, 8, 1523. doi:10.3762/bjoc.8.172
<Review of DMP oxidation>
- Tohma, H.; Kita, Y. Adv. Synth. Catal. 2004, 346, 111. doi:10.1002/adsc.200303203
- Ladziata, U.; Zhdankin, V. V. ARKIVOC 2006, ix, 26.
- Uyanik, M.; Ishihara, K. Chem. Commun. 2009, 16, 2086. DOI: 10.1039/b823399c
- Silva, L. F.; Olofsson, B. Nat. Prod. Rep. 2011, 28, 1722. DOI: 10.1039/c1np00028d
- Zhdankin, V. V. J. Org. Chem. 2011, 76, 1185. doi:10.1021/jo1024738
<Comprehensive review for hypervalent iodines>
- Stang, P. J.; Zhdankin, V. V. Chem. Rev. 1996, 96, 1123. DOI: 10.1021/cr940424+
- Zhdankin, V. V.; Stang, P. J. Chem. Rev. 2002, 102, 2523. DOI: 10.1021/cr010003+
- Zhdankin, V. V..; Stang, P. J. Chem. Rev. 2008, 108, 5299. DOI: 10.1021/cr800332c
- Yoshimura, A.; Zhdankin, V. V. Chem. Rev. 2016, 116, 3328. DOI: 10.1021/acs.chemrev.5b00547
開発の歴史
前駆体であるIBXは1893年に始めて合成されたが、これをアセチル化して有機溶媒への溶解性を高めたDMP試薬は、Daniel Benjamin DessおよびJames Cullen Martinらによって1983年に報告された。
反応機構
ヨウ素(V)上で酢酸と原料アルコールが配位子交換を起こし、複合体を形成する(1H-NMRによって確認されている。 J. Org. Chem. 1996, 61, 9272.)。α位の脱プロトン化を経由して酸化が起こり、アルデヒドまたはケトンを与える。機構上、二等量の酢酸が生じるが、これに対してすら不安定な化合物であっても、ピリジンやNaHCO3などを緩衝目的に共存させることにより適用できる。
1当量の水の添加が反応を加速することが知られている(J. Org. Chem. 1994, 59, 7549)。これは配位子交換によってヨウ素上に置換したヒドロキシル基の電子供与能によって、アセトキシ-ヨウ素結合の開裂速度が速くなることに起因していると考察されている。
反応例
アルコールの化学選択的酸化
官能基受容性がきわめて高い試薬の一つ。
MIDAボロネートは許容され、アシルボランを与える[1]。
極めてエピ化しやすい基質に対しても、立体化学を損なうことなく酸化が可能である[2]。
酸化に敏感なジヒドロピリジン骨格を傷めずにアルコールが酸化可能である事例[3]。
その他の反応形式
アルデヒドからアシルアジドへの変換[4]
温和なチオアセタールの除去・トランスアセタール化[5]
前駆体であるIBXと異なり、1,2-ジオールは開裂体を与える。
アニリドから天然物様骨格の合成[6]
天然物合成への応用
Kedarcidin Chromophoreの合成[7]
Azithromycinの合成[8]
Spongistatin2の合成[9]
Dragmacidin Dの合成[10]
実験手順
試薬の調製
試薬は2-ヨード安息香酸から容易に調製できる。オリジナルの調製法[11]では再現性に問題があったが、触媒量のTsOHを加えるアセチル化[12]、Oxoneを用いるIBX調製法[13]を用いることで、より簡単な後処理かつ高収率にDMPを得ることが出来る。
水添加プロトコルによる酸化[14]
H2O (10 μL, 0.55 mmol) をCH2Cl2 (10 mL)中に加えてピペットで吸い出すことを数回繰り返し、wet CH2Cl2を調製する。
2-フェニルシクロヘキサノール(88.4 mg, 0.502 mmol)およびDMP (321mg、0.502 mmol)の dry CH2Cl2溶液(3 mL)に、滴下漏斗でwet CH2Cl2をゆっくり加える。透明な溶液は、およそ30分後の滴下完了に近づくにつれ、濁った溶液になる。混合物をエーテルで希釈し、ロータリーエバポレータで数mLに濃縮する。30 mLのエーテルで抽出後、15 mLの10% Na2S2O3/飽和NaHCO3水溶液(1:1)、10 mLの水、10 mLの飽和食塩水で洗浄する。洗浄に使った水層を20 mLのエーテルで逆抽出し、この有機層を水および飽和食塩水で洗浄した。合わせた有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、濃縮する。フラッシュクロマトグラフィー (hexane/AcOEt = 20:1→10:1)で精製することで、2−フェニルシクロヘキサノン (84.7 mg、97%)を 結晶性固体として得る。
実験のコツ・テクニック
- 反応後の後処理は簡便である。反応混合物をエーテルで希釈後、NaOH水溶液あるいはNaHCO3/Na2S2O3水溶液を加え抽出するか、直接シリカゲルカラムにより分離することが可能である。
- ごく最近までその爆発性ゆえに市販は為されていなかったが、改良合成法の開発に伴い、販売が再開された。しかしながら比較的高価な試薬であり、大量に用いる場合には自前で調製する必要がある。後処理時の水をいかに除去するかによって活性が異なってくる。
- DMPおよび前駆体のIBXはヨウ素のhypervalent化合物であることから爆発性についての危険が指摘されており、反応スケールや取扱には相応の注意を払うべきである。
参考文献
- He, Z.; Trinchera, P.; Adachi, S.; St Denis, J. D.; Yudin, A. K. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 11092. doi:10.1002/anie.201206501
- Myers, A. G.; Zhong, B.; Movassaghi, M.; Kung, D. W.; Lanman, B. A.; Kwon, S. Tetrahedron Lett. 2000, 41, 1359. doi:10.1016/S0040-4039(99)02293-5
- Nelson, J. K.; Burkhart, D. J.; McKenzie, A.; Natale, N. R. Synlett 2003, 2213. DOI: 10.1055/s-2003-42052
- Bose, D. S.; Rerddy, A. V. N. Tetrahedron Lett. 2003, 44, 3543. doi:10.1016/S0040-4039(03)00623-3
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- Ogawa, K.; Koyama, Y.; Ohashi, I.; Sato, I.; Hirama, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 1110. doi:10.1002/anie.200805518
- Kim, H. C.; Kang, S. H. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 1827. doi:10.1002/anie.200805334
- Smith, A. B., III; Lin, Q.; Doughty, V. A.; Zhuang, L.; McBriar, M. D.; Kerns, J. K.; Brook, C. S.; Murase, N.; Nakayama, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, 196. [abstract]
- Garg, N. K.; Sarpong, R.; Stoltz, B. M. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 13179. doi:10.1021/ja027822b
- Boeckman Jr., R. K.; Shao, P.; Mullins, J. J. Org. Synth. Coll. Vol. 2004, 10, 696.
- Ireland, R. E.; Liu, L. J. Org. Chem. 1993, 58, 2899. doi:10.1021/jo00062a040
- Frigerio, M.; Santagostino, M.; Sputore, S. J. Org. Chem. 1999, 64, 4537. doi:10.1021/jo9824596
- Meyer, S. D.; Schreiber, S. L. J. Org. Chem. 1994, 59, 7549. doi:10.1021/jo00103a067
関連反応
- 超原子価ヨウ素 Hypervalent Iodine
- IBX酸化 IBX Oxidation
- 植村酸化 Uemura Oxidation
- アルブライト・ゴールドマン酸化 Albright-Goldman Oxidation
- オッペナウアー酸化 Oppenauer Oxidation
- パリック・デーリング酸化 Parikh-Doering Oxidation
- フィッツナー・モファット酸化 Pfitzner-Moffatt Oxidation
- コーリー・キム酸化 Corey-Kim Oxidation
- 向山酸化 Mukaiyama Oxidation
- PCC/PDC酸化 PCC/PDC Oxidation
- TEMPO酸化 TEMPO Oxidation
- TPAP(レイ・グリフィス)酸化 TPAP (Ley-Griffith)Oxidation
- スワーン酸化 Swern Oxidation
- ニトロキシルラジカル酸化触媒 Nitroxylradical Oxidation Catalyst
関連動画
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- Dess-Martin periodinane – Wikipedia
- Dess-Martin oxidation – Wikipedia
- デス・マーチン酸化 – Wikipedia
- Dess-Martin Oxidation (Organic Chemistry Portal)
- Dess-Martin Oxidation (SynArchive)
- Dess-Martin試薬は複雑分子の酸化に使える超原子価ヨウ素試薬(とらおの有機化学)
- デスマーチン酸化のマニアックな話・続き(世界は化学で出来ている)
- デスマーチン酸化(ネットdeカガク)