概要
一価銅と二等量の有機リチウム剤から調製される有機銅アート試薬(organocuprate)[R2CuLi]は求核性が高く、α,β-不飽和カルボニル化合物に対して1,4-付加反応、またはsp3炭素上での置換反応を速やかに進行させる。
塩基性が低く、脱プロトン化などの副反応を起こしにくい。有機リチウム剤単独では1,2-付加が優先するため、これと相補的に用いることができる。
反応性がきわめて高く、立体的に混みいった炭素原子にも反応させることができる。TMSClなどのハードルイス酸を加えることにより1,4-付加の反応は加速される。
有機金属剤としてはリチウム剤以外にもグリニャール試薬、有機亜鉛試薬も用いることができる。特に後二つの場合には、銅を触媒量に減ずることも可能である。
二当量の有機リチウム剤が反応には必須であるが、実際に付加するのは一当量分だけで、一当量分は無駄になる。転位しにくい配位子(ダミーリガンド)を導入したヘテロ有機銅アート試薬
(mixed organocuprate)[R(X)CuLi](X = alkenyl, -CN, -SR’,-NR’2,
PR’2 etc.)にすることで、貴重な反応剤を効率よく用いることができる。
近年では触媒量の銅-キラルホスフィン錯体を用いる、不斉1,4-付加反応の開発が進んでいる。
基本文献
- Modern Organocopper Chemistry, Krause, N. Ed.; Wiley-VCH; 2002.
- Posner, G. H. Org. React. 1972, 19, 1.
- Posner, G. H. Org. React. 1975, 22, 253.
反応機構
有機クプレートの構造は溶媒によって様々に異なるとされている。速度論実験などの結果から、二量体[R2CuLi]2が反応に関与するモデルが提唱されている。
近年、中村らによって、計算化学手法を用いる詳細な反応機構研究が報告されている(参考: Angew. Chem. Int. Ed. 2000, 39, 3750. 有機合成化学協会誌, 2003, 61, 144.)。
1,4-付加においては、dCu-π*C=C錯形成から電子豊富Cu(I)の酸化的付加を経て、Cu(III)中間体が生じる。近年、Cu(III)中間体の構造が分光分析および計算手法により推定された(参考:J. Am. Chem. Soc. 2007,129, 7208; J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 7210.)。 引き続き還元的脱離を経て金属エノラートを与えるが、この一連の過程が律速段階とされている。
「ダミーリガンドは銅と強く結合するため転移しない」という考えが通説であった。近年、リチウムとのカチオン-π相互作用によりダミーリガンドが転移不可能な方向に固定される、とする新説が中村らの計算によって提唱されている。
置換反応においても、銅(III)中間体を経由する機構が、実験・計算両面から支持されている。
反応例
環状不飽和ケトンの場合、置換基の立体の影響をうけ、立体選択的に反応が進む。d-π*錯形成が高い立体選択性のカギとなっている。
1,4-付加後生じる金属エノラートは活性であり、さらに求電子剤を加えることでOne-Potで三成分連結型反応が行える。下図はこれをプロスタグランジン合成に応用した例である[1]。
CuCNを銅ソースとして用いて調製した[R2Cu(CN)Li2]は、とくにhigher
order cuprate(Lipshutz cuprate)と呼ばれ、通常のクプラートに比して高い反応性・異なる化学選択性を示す。
アルケニルハライド・トリフラートとはsp2炭素上にもかかわらず置換(クロスカップリング)反応を起こす。
TMSClやBF3などのルイス酸を共存させておくと、混み合った位置にも共役付加が行える。[2] 中間体のエノラートは位置選択的に生じる。
実験手順
エポキシド(3.50g, 40.6 mmol)のTHF溶液(30mL)に、CuCN(364mg, 3.65mmol)を加える。-78℃に冷却、撹拌しながら臭化ビニルマグネシウム(1M in THF, 52.8mL, 52.8 mmol)を45分かけて滴下する。反応混合物を0℃に昇温し、飽和塩化アンモニウム水溶液(20mL)を加える。有機相を分離し、水相をエーテルで3回抽出する。有機相をまとめて飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥する。濾過後、減圧濃縮し、得られた粗生成物をカラムクロマトグラフィ(エーテル/ペンタン=1/3)で精製する。溶媒を除去すると目的物が淡黄色液体として得られる(4.41g, 収率95%)。[2]
実験のコツ・テクニック
有機銅アート試薬は熱的に不安定であり、昇温するとアルキル基のホモカップリングなどを経て、速やかに分解する。保存は不可能であり、用時調製する必要がある。
参考文献
[1] Suzuki, M.; Yanagisawa, A.; Noyori, R.J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 4718. DOI: 10.1021/ja00222a033 [2] (a) Yamamoto, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 1986, 25, 947. (b) Lipshutz, B. H.; Ellsworth, E. L.; Siahaan, T. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 1351 [3]Holub, N.; Neidhorfer, J.; Blechert, S. Org. Lett. 2005, 7, 1227.
関連反応
- 求核置換反応 Nucleophilic Substitution
- 有機亜鉛試薬 Organozinc Reagent
- 求核剤担持型脱離基 Nucleophile-Assisting Leaving Groups (NALGs)
- 有機リチウム試薬 Organolithium Reagents
- 永田試薬 Nagata Reagent
- ストライカー試薬 Stryker’s Reagent
- 辻・トロスト反応 Tsuji-Trost Reaction
- マイケル付加 Michael Addition
- グリニャール反応 Grignard Reaction
関連書籍
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外部リンク
- Animation
- Reaction Pathway of Cuprate Conjugate Addition (東京大学・中村栄一研究室)
- Decoding the‘black box’ reactivity that is organocuprate conjugate addtion chemistry(PDF)
- ギルマン試薬– Wikipedia
- クプラート– Wikipedia
- Gilman reagent– Wikipedia
- Organocopper compound – Wikipedia
- ConjugateAddition with Organocopper reagent