概要
カルボニル化合物は金属水素化物によって還元を受け、アルコールを与える。様々な強さ・性質を持つ還元剤が知られている。入手しやすさ・扱いやすさなどの実用性観点から、以下の還元剤が多用される。
種類
水素化ホウ素ナトリウム NaBH4 (Sodium Borohydride) |
最もよく使われる還元剤の一つ。湿気に安定で空気中でも取り扱え、工業的利用にも適している。溶解性の問題から、メタノールもしくはエタノールを溶媒として用いることが多い。エステル、アミド、カルボン酸は還元できないが、エステルのカルボニルα位にヘテロ原子が置換している場合には、例外的にエステルを還元することが出来る(おそらく近接位担持効果のため)。 α,β-不飽和カルボニル化合物に対しては、1,4-還元が優先するが、セリウム塩の添加により1,2-還元を優先させることが出来る(Luche還元)。 |
水素化アルミニウムリチウム LiAlH4 (Lithium Alminium Hydride; LAH) |
かなり強力な還元剤。ケトン、アルデヒドはもちろんのこと、カルボン酸やエステルをもアルコールに還元することが出来る。ニトリルやアミドとも反応し、アミンを与える。ハロゲン化合物やスルホニル化合物とも反応し、ヒドリド置換体を与える。エポキシドと反応し、開環生成物を与える。 反応時はLAHと反応せず、溶解性も高い脱水THF・ジエチルエーテルなどを溶媒に用いる。水やプロトン性溶媒とは激しく反応し、水素ガスを発生する。反応性の高さと飛散しやすい粉末形状であることも相まって、発火事故が少なからず発生する。取扱いには十分注意する必要がある。 |
水素化ジイソブチルアルミニウム (i-Bu)2AlH (Diisobutyl Alminium Hydride; DIBAL) |
アルミニウム上に空軌道が存在するためルイス酸性を有する。このためLAHなどのアート錯体型還元剤とは異なる反応性を示す。
ニトリルはイミンに還元され、これは加水分解によりアルデヒドに導ける。このため、ニトリルはアルデヒド等価体と見なせる。 |
水素化シアノホウ素ナトリウム NaBH3CN (Sodium Cyanoborohydride) |
水素化ホウ素ナトリウムより還元力は弱いが、pH3程度の酸性条件下にも安定なのが特徴。このため、酸性条件下でのイミニウムカチオンの還元(Borch還元的アミノ化)目的で頻用される。 |
水素化ホウ素リチウム LiBH4 (Lithium Borohydride) |
NaBH4よりも還元力が高く、エステルをアルコールにまで還元することができる。溶液として市販されているが、LiCl+NaBH4の条件を用いて系中で生成させることも出来る。 |
水素化トリエチルホウ素リチウム LiBHEt3(Lithium Triethylborohydride: Super-Hydride) |
きわめて求核能の高いヒドリド源であり、Super-Hydrideの商標で市販されている。ハロゲン化物・スルホニル化合物のヒドリド置換反応などに用いられる。 |
ボラン錯体BH3・L (Borane Complex) |
ボラン・ジメチルスルフィド(BH3・SMe2)もしくはボラン・テトラヒドロフラン(BH3・THF)錯体がよく知られており、市販品の購入が出来る。有毒気体であるジボランよりも扱いが容易なため、ボラン等価体として還元目的に用いられる。ケトン存在下にカルボン酸を優先して還元できる。オレフィンが存在するとヒドロホウ素化が併発するため、注意する必要がある。 |
トリエチルシラン Et3SiH (Triethylsilane) |
通常の還元反応は塩基性条件で進行するが、TFA共存下などの、酸性条件下で還元反応を行うのが最大の特徴。 アセタールの還元や、糖アノマー位アルコキシ基の除去目的などに用いることが出来る。また、遷移金属触媒を併用することでヒドロシリル化などの反応に供することも出来る。 |
水素化ビス(2-メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウム (Sodium Bis(2-methoxyethoxy)Alminium Hydride; Red-Al) |
LAHと同じような還元力を持つ。発火性が低いため大スケールの使用に供しやすい。 |
選択性発現など、単純な還元以外の目的で用いられるものには、以下のような反応剤が知られている。
水素化ホウ素ニッケル Ni(BH4)2(Nickel Borite) |
NiCl2+NaBH4の条件を用いて系中で生成させる。 ニトリルやニトロ基なども還元される。 |
水素化トリアセトキシホウ素ナトリウム NaBH(OAc)3 (Sodium Tri(acetoxy)borohydride) |
酸性条件下にある程度安定なので、NaBH3CNと同じく還元的アミノ化によく用いられる。 また、β位に無保護のヒドロキシル基を有する化合物の場合、立体選択的還元が起こりanti-1,3-ジオールを与える。 |
水素化ホウ素亜鉛 Zn(BH4)2(Zinc Borohydride) |
亜鉛のキレート能を利用してsyn-ジアステレオ選択的還元を行うことができる(下図)。NaBH(OAc)3と相補的に用いられる。 |
水素化トリ(sec-ブチル)ホウ素リチウムLiBH(s-Bu)3 (Lithium Tri(sec-butyl)borohydride;L-Selectride)水素化トリ(sec-ブチル)ホウ素カリウム KBH(s-Bu)3 (PotassiumTri(sec-butyl)borohydride; K-Selectride) |
強力かつかさ高い還元剤であり、立体的に混み合った位置からは反応しない。 |
Schwartz試薬 Cp2ZrHCl |
アルキンやアルケンに対してヒドロジルコネーション反応を行うことができる。生じた有機ジルコニウム試薬は、引き続くクロスカップリングなどで更なる変換に用いることができる。反応の遅いアルキンのヒドロホウ素化反応において有効な触媒でもある。 ラクタムを環状イミンへと還元することもできる。 |
Stryker試薬 [(Ph3P)CuH]6 |
α,β-不飽和カルボニル化合物に対して、1,4-還元を優先的に起こすことができる。キラルな二座リン配位子を併用することで、不斉還元を行うことも可能である。 |
水素化トリブチルスズ (n-Bu)3SnH (Tributyl tinhydride) |
通常はラジカル開始剤共存下、水素ラジカル還元目的で使用される。Pdなどの遷移金属触媒存在下には、トランスメタル化を経てヒドロスタニル化などを起こしたり、別種の金属ヒドリド錯体活性種を与えることもある。 |
基本文献
反応機構
反応例
リンゴ酸エステルの位置選択的還元[1]
Me4NHB(OAc)3を用いるジアステレオ選択的還元[2]:NaHB(OAc)3よりもジアステレオ選択性の面で優れている。
ニトリルのBoc保護アミンへの一段階変換[3a]:ルイス酸+NaBH4のコンビネーションは、ニトロ/アジド/イミンもアミンへと還元する。[3b-d]
実験手順
実験のコツ・テクニック
参考文献
[1] Saito, S. et al. Tetrahedron 1992, 48, 4067. doi:10.1016/S0040-4020(01)92187-8 [2] Evans, D. A.; Chapman, K. T.; Carreira, E. M. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 3560. DOI: 10.1021/ja00219a035 [3] (a) Caddick, S.; Judd, D. B.; Lewis, A. K. de K.; Reich, M. T.; Williams, M. R. V. Tetrahedron 2003, 59, 5417. doi:10.1016/S0040-4020(03)00858-5 (b) Chary, K. P.; Ram, S. R.; Iyengar, D. S. Synlett 2000, 683. DOI: 10.1055/s-2000-6614 (c) Cho, B. T.; Kang, S. K. Synlett 2004, 1484. DOI: 10.1055/s-2004-829066 (d) Fringuelli, F.; Pizzo, F.; Vaccaro, L. Synthesis 2000, 646. DOI: 10.1055/s-2000-6389
関連反応
- 水素化ホウ素ナトリウム Sodium Borohydride
- ボラン錯体 Borane Complex (BH3・L)
- 水素化ジイソブチルアルミニウム Diisobutylaluminium hydride
- 水素化リチウムアルミニウム Lithium Alminum Hydride (LAH)
- ミッドランド還元 Midland Reduction
- ローゼンムント還元 Rosenmund Reduction
- ヒドロシリル化反応 Hydrosilylation
- ティシチェンコ反応 Tishchenko Reaction
- 野依不斉水素移動反応 Noyori Asymmetric Transfer Hydrogenation
- ストライカー試薬 Stryker’s Reagent
- ジイミド還元 Diimide Reduction
- 均一系水素化 Homogeneous Hydrogenaton
- メーヤワイン・ポンドルフ・ヴァーレイ還元 Meerwein-Ponndorf-Verley (MPV) Reduction
- 不均一系接触水素化 Heterogeneous Hydrogenation
- 野依不斉水素化反応 Noyori Asymmetric Hydrogenation
- リンドラー還元 Lindlar Reduction
- アルコールのアルカンへの変換 Conversion from Alcohol to Alkane
- カニッツァロ反応 Cannizzaro Reaction
- コーリー・バクシ・柴田還元 Corey-Bakshi-Shibata (CBS) Reduction
- ボーチ還元的アミノ化反応 Borch Reductive Amination
- ルーシェ還元 Luche Reduction
関連書籍
外部リンク
- A Lithium Alminium Hydride Reduction
- Hydride (Wikipedia)
- Lithium Alminium Hydride (Wikipedia)
- Sodium Borohydride (Wikipedia)
- Borane (Wikipedia)
- Direct borohydride fuel cell (Wikipedia)
- Reducing Agents (organic-chemistry.org)
- Hydride Reductions of Aldehydes and Ketones
- 還元 (Wikipedia日本)
- ヒドリド還元 (Wikipedia日本)
- 水素化ホウ素ナトリウム (Wikipedia日本)
- 有機って面白いよね!!「1,2-還元と1,4-還元」