このインタビューも24回目になりました。今回は第9回の山下先生(現在中央大学准教授)の紹介で若手研究者で活躍しているNIMSの中西尚志博士にお願いいたしました。中西先生は国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA) 独立研究者として、タイトルにあるように、独自のアプローチにより分子レベルで材料科学への貢献を行っている注目の研究者です。フラーレン、多環芳香族炭化水素などにアルキル基を導入し、”柔らかい”材料への応用を図っています。それではいつものように化学者になった理由から聞いてみたいと思います。インタビューをどうぞ!
Q. あなたが化学者になった理由は?
化学への路が定まったのは大学に入ってからだと思います。幼少の頃は、LEGO®で色んな物を創りあげるのにすごく熱中していました。長崎の地元野山で秘密基地を造ったり、昆虫を捕りまくって活発に過ごす中で、小学校でいうと「理科」が単純に好きになり、今の自分の土台を築いていたのだろうと思います。カブトムシやクワガタに関しては、今でも小学生の息子を差し置いて、自ら虫取りを楽しんでいるかもしれません。
化学へ没頭するようになったのは長崎大学4年生の研究室で卒業研究を始めてからです。現九州大学の中嶋直敏教授の研究室で、「電気化学活性部位を持つフォトクロミック分子の合成、電極素子の開発」の卒研テーマを頂き、周りのことはあまり考えずにひたすら研究に没頭していました。おそらく、自分にとって化学がすごく性に合っていて、楽しいと思ったから疑いもなくのめり込んでいたのだと思います。
その他に心当たりがあるとすれば、どんな世界も同じかもしれませんが、化学の研究を通して、競争(協奏も必要ですね)があり、自分の得た結果を基に自分を表現し、勝負できるところに惹かれたのだと思います。負けず嫌いな性格も化学者向きなのでは?と思いますが、これは賛否両論でしょうか?
Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?
子供の頃は、単純に乗り物が好きでバスの運転手に憧れていました。ただ、その思いは深くはなく簡単に消えてしまったとも記憶しています。
その他はやはり物づくりや何かを組み立てることは好きなので、建築家でしょうか(LEGO®の名残かな?)。
最近では色んな機能も装備できる先進的な建築技術もありますし、通気性や断熱性など化学の知識もふんだんに活かすこともできそうです。ハウジングパークなどでモデルハウスを物色するのは結構好きですね。おそらく、自分自身を何か他の形で表現することが好きだからだと思います。
Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?
「アルキル-πエンジニアリングによる分子材料創成」
が、私の過去10年ほどの研究を上手く表記していると思います。
本研究のルーツとしては、アルキル鎖導入型フラーレン誘導体があります。この分子群を基材に溶媒・温度・基板との相互作用などを制御し、様々な次元性、多様なモルフォロジーの自己組織化材料の創成を、NIMS入所後の独自研究として2005年頃に立ち上げました。それから早10年も経つわけですが、数年前ぐらいから、有機分子素材の自己組織化構造材料の未来に対して行き詰まりを覚え始めています。その理由は、無機物質から成る構造制御されたナノ材料によってたたき出される性能・数値に太刀打ちできない、また構造安定性、環境耐性においても活路を見出すのは容易ではないからです。例えば、電荷移動度が低い、指で触ると壊れるほどもろい構造、光酸化・二量化により分解してしまうなど。
有機・高分子材料の利点は、分子設計の自由度と柔らかさです。そこでここ数年推し進めているのは、究極の柔らかさを持つ有機分子材料、すなわち機能性有機「液体」の創成です。単に柔らかさだけを求めるのではなく、有機色素などのπ共役系分子の弱点でもある光(酸化、二量化、分解)耐性を向上できる分子設計とすることを念頭に置いています。具体的には、光・電子物性を司るπ共役系部位を分岐アルキル鎖で包み込み分子コアとし、隔離・孤立化させます。したがって、π共役分子間のπ-π相互作用は、溶媒なしの液体ニート状態であっても生じず、バルク状態、基板上塗布、狭小空間に配置されても常に一定の分子固有の光・電子物性を導くことができるわけです。一般的な研究の方向性としては、π共役系分子は精密に配向・配列制御(自己組織化)して望みの光・導電性などを導くことが望ましいとされていますが、私の研究の方向性はその真逆であり、非組織化戦略になります。柔らかさがセールスポイントでありながら構造制御されたπ共役有機材料を実質的にどれぐらい安定に構造、性能を変えることなく利用できるのか、例えば過度な折り曲げ、過熱が生じる状況などを問うたとき、以前の自分自身の研究(自己組織化構造材料)自体を否定する研究の方向性へと舵を切っていました。ちなみに、イオン性・電荷部位の分子内への導入は頑なに拒んでいます。既に体系化されているイオン液体の化学とは一線を引いて、「未踏機能性有機液体の化学の確立」を旗印に研究を展開しています。
2015年2月末掲載のScience and Technology of Advanced Materials誌の総説(Open Access)に、π共役系部位とアルキル鎖の組み合わせによる、分子間相互作用(π-πおよびvan der Waals)バランスを精密に制御できる「アルキル-πエンジニアリング」に関して、上記の自己組織化系や非組織化液体系の有機材料研究を体系化しています。ご興味のある方はご一読いただけると幸いです。
“Alkyl-π engineering in state control toward versatile optoelectronic soft materials”
Lu. F.; Nakanishi, T. Sci. Technol. Adv. Mater. 2015, 16, 014805. DOI:10.1088/1468-6996/16/1/014805
Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?
キュリー夫人でしょうか。現在、ポーランドのワルシャワ工科大学との国際連係大学院の教員を務めている関係で、年に1~2回ワルシャワを訪問する機会があります。
キュリー夫人の生家が博物館としてワルシャワ市内にあり、勝手ながらに身近に感じています。キュリー夫人はノーベル物理学賞と化学賞を両方受賞されていますので、研究に取り組む姿勢やモチベーション、アイデアをどういったシチュエーションで考えていたのかなど聞いてみたいです。
どなただったか忘れましたが、お風呂の湯船で思い着くという人もいますが、私は学会中に新しいアイデア、取り組みたい展開などが思い浮かぶことが多いです(普通ですね・・・)。学会中は頭がフル回転で化学・研究のことを考えている証拠なのでしょう。
Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?
合成実験に関して言えば、ドイツのポツダムにあるマックスプランク研究所コロイド界面部門に客員グループリーダーとして在外派遣させていただいていた2010年頃までになります。JSTさがけ資金を活用してレンタルした隣のフラウンフォファー研究所の一室に有機実験ラボを立ち上げ、ごく限られた人数(2~3名)ではありましたがラボメンバーと一緒にアルキル鎖導入型フラーレン誘導体の合成を行っていました。
測定に関して言えば、現在でもたまにメンバーと一緒に実験を行うこともあります。レオロジー、小角X線散乱(SAXS)、DSC、顕微鏡類など装置の使用方法などは、私を介して技術伝授していくスタンスをとっています。大学と違い、研究所だと継続してメンバーを確保することは容易ではなく、伝統的なラボの習慣などがほとんど根付かないのは苦労しています。
Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。
「広辞苑」。もしそのような状況に陥って、十分な時間が与えられたなら、本も音楽も自ら生み出したくなると思います。音楽は才能がないし、楽器もないので創作できませんが、本は手記の様な感じで綴ることはできそう。何かを与えられるのではなく生み出すために、言葉の意味なんかも十分に理解しながら物書きをしてみたい。
[amazonjs asin=”400080121X” locale=”JP” title=”広辞苑 第六版 (普通版)”]なんか自分を見つめ直せそうですが、読み手がいないのは寂しいですね。利便性の高いものには惹かれる性分ですので、広辞苑一冊あるといいなと思います。
Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。
東京大学の竹内昌治先生、独特の研究感性をお持ちです。マイクロ・ナノデバイスを中心に化学を含む異分野融合でのモノづくりとなると、右に出る方はおられないかと。
九州大学の安達千波矢先生、有機分子材料の未来を担って「輝いて」おられます。
名古屋大学の山口茂弘先生、極めて真面目に、極めて熱く化学を語っていただけそうな気がします。
立命館大学の前田大光先生、私よりも若くとてもエネルギッシュな先生です。大学時代に鍛え上げた相撲のセンスを活かして(意味不明ですが)、独自のケミストリーを展開されています。
外部リンク
- 中西 尚志 | NIMS
- 単一青色光励起で容易にフルカラー発光調整可能な不揮発性アントラセン液体
- NIMS、優れた光安定性を有するフルカラー発光する液体材料を開発
- NIMS、有機EL用に室温で白色に発光する液体材料の開発に成功
関連書籍
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中西尚志博士の略歴
独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA) 独立研究者。1996年長崎大学工学部応用化学科卒業、その後同大学院に進学し、2000年長崎大学大学院海洋生産科学研究科海洋資源学専攻博士課程修了。その後同大学院及びヒューストン大学、オックスフォード大学で博士研究員として過ごす。2004年物質・材料研究機構 物質研究所超分子グループ研究員、2007年より同機構主任研究員、2010年主幹研究員となり2014年から現所属。受賞歴は物質・材料研究機構 物質研究所研究奨励賞(2006), コロイドおよび界面化学部会 第7回科学奨励賞(2008), 日本化学会進歩賞(2010), 第5回科学技術における「美」のパネル展最優秀賞(2011), 文部科学大臣表彰若手科学者賞(2012) , 長瀬研究振興賞(2013)など。
*本インタビューは2015年2月28日に行われたものです