スウェーデンのカロリンスカ研究所は5日、2015年のノーベル医学・生理学賞を、微生物が作り出す有用な化合物を多数発見し、医薬品などの開発につなげた北里大特別栄誉教授の大村智氏(80)ら3氏に授与すると発表した。大村氏が見つけた化合物は熱帯地方の風土病の薬などで実用化しており、医療や科学研究の発展に大きく貢献した功績が評価された(引用:産経新聞)。
今年は思いがけなくノーベル生理・医学賞で日本人から受賞者がでました。化学賞でノーベル賞候補常連の大村智先生です!3名に同時受賞でアイルランド出身のウィリアム・キャンベル博士と中国出身のトゥ・ヨウヨウ氏。受賞理由は、画期的(治療法)治療薬の開発。とくに蚊などの虫が媒介する感染症に関してです。
大村先生と、キャンベル博士が線虫が原因となる感染症の有効成分の発見と治療薬の開発、またトゥ氏が感染症マラリアを治療する有効成分の発見。それらが最終的に画期的な治療薬につながるわけですが、いずれの有効成分(有機化合物)も、自然の微生物が産生する二次代謝物から得られたものであり、言葉を変えていえば、医薬品に繋がる天然物化学研究に与えられたといってよいでしょう。
それでは、速報なので簡単ですが、受賞研究を紹介してみようと思います。
熱帯病治療薬の発見
大村博士と共同研究者たちはこれまでに膨大な数の天然有機化合物を単離、構造決定してきています。その数は500以上にのぼるとされていますが、その中には特筆すべきいくつかの実用に至った有用な化合物があります。その一つが、エバーメクチンです。エバーメクチンは1974年に伊東市のゴルフコースの近くの土壌から採取した放線菌の株(Streptomyces avermitilis MA-4680, 後にStreptomyces avermectiuius)が生産する物質でした(ゴルフ。それまで数多の微生物を培養し、その培養液から化合物を発見してきましたが、この微生物の培養液は色がその他のものとは異なっており、何か面白い物質がとれるのではないかと直感したというエピソードがあります。
1973年に米国のMerck Sharp and Dohme (MSD) Research Laboratories (MSDRL) と提携していた大村博士は、その微生物のサンプルをMSDRLに送っており、その培養液の詳細を調査した、今回のノーベル賞の共同受賞者であるWilliam C. Campbell博士が線虫に感染したマウスによるスクリーニングによってその効果的な化合物を発見するにいたりました。
エバーメクチンとイベルメクチン(矢印のところが改変した部分)メクチザンはイベルメクチンB1aとB1bの混合物
エバーメクチンの生物活性を調べてみると駆虫薬として有用と思われる強い活性があることがわかりました。研究はその後継続して行われ、構造決定に関しては1979年に論文として発表しています[1]。この化合物を基にしてわずかに構造を改変することで、1981年に家畜に対する駆虫薬としてイベルメクチン(商品名メクチザン)を世に出すことに成功しました。
このメクチザンはその後アフリカなどの熱帯地域で昆虫によって媒介される寄生虫によって引き起こされる恐ろしい病気に対して卓効を示し、推定2億人以上の命を救ったり、QOLの向上に貢献することになります。
最初は家畜の駆虫薬として実用化されましたが、1982年に熱帯病の”河川盲目症(オンコセルカ症)”という熱帯病に効くことがわかりました。河川盲目症は蚊などが媒介するフィラリア線虫が引き起こす病気で、その名の通り失明に至る病気です。1982年から1986年にはアフリカ地域でメクチザンの大規模な臨床試験が行われ、1987年にフランスにおいてヒトに対する使用が認められました。1987年にメルク社は河川盲目症に対する抗寄生虫薬として、イベルメクチンを無償提供するという英断をします。
1990年代にはアメリカ大陸や、アフリカにおいても様々な感染症に対するプロジェクトが行われ、マラリアや象皮病などにも効果が認められています。
この薬は現在でも使用されており、”奇跡の薬”と呼ばれています。大村博士は1973年にメルク社から研究費を得てこの薬の開発を開始し、市販薬の特許ロイヤリティーとしてのべ250億円もの収入を北里研究所にもたらしました。まさに産学連携の大成功例となったのです。
この「線虫によって引き起こされる感染症に対する新規治療法の開発」が今回のノーベル医学生理学賞の直接の成果です。
特異的酵素阻害剤の発見
イベルメクチンは既に実用化され、大きな花をさかせていますが、大村博士はその他にもまだまだ数多くの有力な化合物を発見しています。20を超える医薬品に繋がった化合物がりますし、医薬品になっていない化合物の中でも例えば、プロテインキナーゼの阻害剤であるスタウロスポリンや、プロテアソームの阻害剤であるラクタシスチンが有名です。
この二つの化合物はそのものでは副作用の問題などから医薬品にはなりそうもありませんでしたが、細胞の機能を調べるための研究のツールとして非常に有効であることがわかっています。直接的ではありませんが、将来的に細胞の機能解析の結果からなんらかの医薬品の開発に繋がる可能性は十分にあります。スタウロスポリンについては、その誘導体が臨床試験に入っている化合物もあるようです。
マラリア治療薬の発見
一方で、トゥ・ヨウヨウ氏はマラリア治療薬の元となるアルテミシニン(Artemisinin)という化合物を1972年に発見しました。マラリア治療薬といえば、キニーネがよく知られていますが、副作用が多いことでも話題の薬です。対して、アルテミシニンは副作用が少ないことがしられています。不安定な構造であるため(過酸化物部分かとおもいきやラクトン部分が)、還元してラクトール状態にした、アルテスネイト(Artesunate)やアルテメーター(Artemether)がアルテミシン誘導体として、マラリアの特効薬として数えきれない人命を救ったのです。
なお、トゥ博士は2011年に医学分野のノーベル賞と言われるラスカー賞を受賞しており、そこで発見者個人として世界的に認識された研究者です。中国本土初の自然科学系ノーベル賞となります。
天然物化学の王道
大村博士やトゥ氏の行ってきた研究は前述したようにいわゆる天然物化学の分野です。その手法は”日本のお家芸“とも言えるもので(中国も天然物の宝庫として有名ですが)、魅力的な天然資源、例えば微生物や海洋生物などから、標的とする疾病に対する活性や機能を有する化合物をスクリーニングと呼ばれる手法で見つけ出し、その構造を分析化学的手法を用いて決定するという研究です。そこで見つかった化合物は、イベルメクチンのように人類を救う可能性や、ラクタシスチンのように未知の現象を見つけ出す科学的な意味をもつものから、今のところ使い道が見当たらないものまでたくさんあります。宝探しのように思われるかもしれませんが、
「細菌学者のパストゥールは『幸運は準備された心を好む』と語っています。何事にも謙虚に努力し、道を切り拓いていきたいですね」
との博士の言葉の通り、日々の地道な研究の中で何かキラリと光るものを見つける目が大事なんだということを教えられた気がします。
我が国はこのような研究で世界をリードし続けてきました。日本発の魅力的な天然有機化合物はまだまだたくさんあり、ノーベル賞に繋がりそうなものもあります。
この度の大村博士のノーベル医学生理学賞の受賞は、多くの天然物化学者に勇気をくれたのではないかと思います。筆者は化学賞をずっと期待していましたが、まあそれはそれで結果オーライですね。それでは改めて、受賞者の皆さんおめでとうございます!
関連文献
- Avermectins, New Family of Potent Anthelmintic Agents: Producing Organism and Fermentation. Burg, R. W.; Miller, B. M.; Baker, E. E.; Birnbaum, J.; Currie, S. A.; Hartman, R.; Kong, Y. L.; Monaghan, R. L.; Olson, G.; Putter, I.; Tunac, J. B.; Wallick, H.; Stapley, E. O.; Oiwa, R.; Ōmura S. Antimicrob. Agents Chemother. 15, 361-367 (1979). doi: 10.1128/AAC.15.3.361
- “Microbial metabolites: 45 years of wandering, wondering and discovering” Omura, S. Tetrahedron2011, 67, 6420. doi:10.1016/j.tet.2011.03.117
関連書籍
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外部リンク
- イベルメクチン – Wikipedia
- 天然有機化合物の動物、ヒト用医薬品 産学双方の研究グループの特色を生かす|産学官の道しるべ
- アーテミシニン – Wikipedia
- 抗マラリア薬アルテスネイトを用いたがん治療|銀座東京クリニック
- 251)アルテミシニンとトゥーユーユー(Tu Youyou)博士とラスカー賞 |「漢方がん治療」を考える