ROMP (ring-opening metathesis polymerization)は遷移金属カルベン錯体を用いた環状オレフィンの開環メタセシス重合であり、光学用透明プラスチックなどといった機能性ポリマーの合成に用いられています。中でも、環歪みの大きいノルボルネンを環状オレフィンとして用いた場合、重合が不可逆的に進行し、かつ停止反応が存在しないことからリビング重合の特徴を有します。そのため、比較的分子量分布の狭いROMPポリマーを合成することが可能です。
しかしながらこの場合、ポリマーの成長末端に存在する金属錯体から重合が進行するため、ポリマー鎖の本数分の金属錯体が必要とされています(図 1a)。合成したROMPポリマーに含まれる金属錯体を除くために、様々な精製法が開発されているものの、煩雑な精製操作や、過酸化水素などといった化学物質を加える必要などがありました。最近、金属触媒を用いない開環メタセシス重合反応が報告されましたが(関連記事:光有機触媒で開環メタセシス重合)まだまだ一般的ではありません。
そこで、金属錯体を触媒量に減らすことができれば、精製操作の簡略化や、金属錯体および精製にかかるコストの低減だけでなく、生体に対して毒である金属の残留量が低く抑えられることからバイオマテリアルへの応用が期待できます。
最近、スイス、フリブール大学のKilbinger教授らは、適切に分子設計したCTA (chain-transfer agent)を用いることで、触媒量の金属錯体を用いたリビングROMPを初めて達成しました(図 1b)。
“Catalytic living ring-opening metathesis polymerization”
Nagarkar, A. A.; Kilbinger, A. F. M.;Nature Chem. 2015, 7, 718. DOI: 10.1038/nchem.2320
今回は、本結果について、これまでの報告との違いを示しながら説明したいと思います。
追記 2018年4月12日 2018年4月11日に本論文は取り下げになりました。分子量分散度が間違っていたとのこと。真意のほどはわかりませんが本研究は限りなく捏造に近いと思います。残念です。背景や関連研究については正しい記載ですので、本記事はこのまま残しておきます。Retractionについて詳しくはこちら
触媒量の金属錯体を用いたメタセシス重合
触媒量の金属錯体で行ったメタセシス重合として、非環状ジエンメタセシス重合[2]や、CTAとして酢酸アリルを用いたROMP[3]が知られています。非環状ジエンをモノマーとして用いた場合、ポリマー鎖同士で金属カルベン錯体の交換が起きながら重合が進行するため、金属錯体の量は触媒量で済むからです(図 2a)。また、CTAとして酢酸アリルを用いたROMPでは、成長末端の金属錯体が酢酸アリルと反応して新たな活性種を生成し、別のポリマー鎖が伸長を始めます(図 2b)。これらの重合では金属錯体の量を減らすことができる反面、得られるポリマーはしばしば分子量分布が広く、リビング重合の特徴を示しません。
可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合
触媒量の活性種でリビング重合を行った例として、可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合が挙げられます。RAFT重合では、活性ポリマーの成長末端をドーマント種(重合休止種)に一時的に変換することでリビング重合性を維持することができます。重合不活性な状態であるドーマント種は、活性ポリマーに対して適切に分子設計したCTAを作用させることで生成します。このドーマント種は活性ポリマーと交換反応を起こすことで別の活性ポリマーへと変換され、再び重合することができるようになります(図 3)。このRAFT重合では、
- 活性ポリマーをドーマント種に変換することで活性ポリマー同士の反応及び停止反応を抑制できる
- ドーマント種と活性ポリマー間の平衡が伸長に比べて速いため、すべてのポリマー鎖が同時に伸長する
といった点から、リビング重合性を維持した分子量分布の狭いポリマーが得られます。
触媒量の金属錯体を用いたリビング開環メタセシス重合(catalytic living ROMP)
今回報告された重合反応は、リビングROMPに対してドーマント種を反応に組み込むことで金属錯体触媒の量を減らすことに成功しました。CTAとしてシクロヘキセン環を含むスチレン誘導体を設計しており、シクロヘキセン環の開環—閉環メタセシスを経て活性ポリマーはドーマント種に変換されます。また、CTAと活性ポリマー間の反応は基質選択的かつ位置選択的に進行します(図 4,5)。リビング重合の条件である
- モノマー/CTAと分子量が比例関係にある
- 分子量分布が狭いこと(モノマー/CTA=11.3の時、PDI=1.15)
- ポリマー鎖末端にCTAが結合している
- ブロック共重合体の合成が可能である
ことを実験によって確かめており、リビング重合性が維持されていることを示しています。
今回の報告はリビングROMPを触媒量の金属で行った初の例であり、従来のROMP法に比べてルテニウム錯体を50倍減らすことに成功しています。これにより、精製操作の簡略化やコストの削減、バイオマテリアルへの応用が期待できます。注目されているRAFT重合の概念を適用する、思いつきそうなアイデアですが、言うは易し、行うは難しです。日進月歩の高分子化学の発展を今後も紹介していけたらと思います。
関連文献
- Ajellal, N.; Carpentier, J.-F.; Guillaume, C.; Guillaume, S. M.; Helou, M.; Poirier, V.; Sarazin, Y.; Trifonov, A. Dalton Trans. 2010, 39, 8363. DOI: 10.1039/C001226B
- Lehman, S. E.; Wagener, K. B. in Handbook of Metathesis: Catalyst Development (ed. Grubbs, R. H.) 2003, 3.9, 283. (Wiley-VCH).
- Bielawski, C. W.; Benitez, D.; Morita, T.; Grubbs, R. H. Macromolecules 2001, 34, 8610. DOI: 10.1021/ma010878q
- グマアルドリッチ:可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合
- Keddie, D. J. Chem. Soc. Rev., 2014,43, 496. DOI: 10.1039/C3CS60290G
関連書籍
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