Tshozoです。だいぶ間があいてしまいました。とりあえず前回は炭素繊維の歴史と製造方法などを中心に概要を述べてきました。今回は出来上がったものを鉄とアルミと比較し、どういう位置づけの材料なのかをまとめてみましょう。・・・結論がだいたい予想出来ると思いますが、まぁお聞きください。
圧縮天然ガス用タンクへの炭素繊維+樹脂巻き付け風景
東レ子会社Zoltekのさらに子会社 Entec社のHPより引用(こちら)
上の炭素繊維にはこういうベトベトした熱硬化樹脂をしみこませており、
後で加熱などで固める
他の材料との特性比較一覧
全体の定性比較イメージを書いてみるとこんな感じ。Fe:鉄、Al:アルミ、GF:ガラス繊維+樹脂熱硬化後、CF:炭素繊維+樹脂熱硬化後、です。一般的な値をもとにしており、最新データは反映させていません。コストも2012年前後での値なので炭素繊維の値段も少し下がってるはずです。あと、特に炭素繊維の場合は使用する繊維束内の本数、直径などが変わることで強さなどは大きく変わるのでその点ご考慮ねがいます。
まとめると「軽くて強い!」「変形しにくい!」ということです。値段の話は後ほど。
これらの炭素繊維のメリットを商売として最大限生かせるのが航空宇宙産業ということになります(軽い・強い・気温差が酷くても寸法がずれない=設計通りに動く、と航空機に必要なことばかり)。もっとも最初はいきなり航空機に適用するわけにはいかず、釣竿という非常にニッチなところから攻めていったことは東レ社による資料から明らかです。イノベーションには「端っこから全体をひっくり返す」という側面もあるのですが、東レ社をはじめとして炭素繊維の関係会社は当に数十年かかってイノベーションをやりとげたことになるわけです。
1972年にオリムピック社より発売された世界初の炭素繊維応用釣竿「純世紀 浦浜」
今でも復刻版が出ている
実際のBoeing 787に使われている炭素繊維+硬化樹脂部材(青色部分)
しまいにゃ全部品炭素繊維になるんではないかというレベル
Boeing社 2007年 社外発表資料より引用
で、今回述べたいのは問題の「その他の弱点」のところ。
【この項の参考文献】
炭素繊維のなきどころ
何が工業的にネックになるのか、以下、代表的な3点に絞り述べていくことにします。
①寸法安定性・加工性
上のチャート図で温度変化に対する寸法安定性が極めて優れていると書きましたが、この特性は「コストが高くて全体は使えないけど、軽量化目的で部分的に炭素繊維+樹脂を使いたい」ということに対して図体がでかいものほど逆に問題を引き起こします。
その際検討するのに重要なのが「熱膨張係数」(CTE:Coefficient of Thermal Expansion)、そのうちの線膨張係数という値。非常に基本的な値で、1℃温度が変わったらその材料の長さがどのくらい変わるかというものです。単位は10-6K^-1で、この値が1だと1℃物体の温度が上がると、1mあたり1um伸びる、という値です(CTEは異方性があるため厳密には一定値ではありませんが、以下基本的に炭素繊維の繊維方向のCTEを示すものとします)。
さて、上記の比較図をもう一度見てみます。
これを見ると、炭素繊維を樹脂類で固めたものは温度が変わってもほっとんど寸法が変わらないことになります。一方、たとえばアルミではその20倍にもなる。鉄でも10倍程度ある。もし、3メートル程度のFe棒だとすると、1℃あたりではΔL=3×12×10-6=36um/℃ずれることに。1年間での最大温度幅を40℃と見込むと、この部材は最大で36um/℃×40℃=1.44mm寸法が変わることに。これでも日常レベルではほんの少しじゃねぇか、のレベルですが機械モノにとってはかなりの痛手。窓とか扉のスキマが1.5mm空いてたら隙間風が吹いてきますよね? それと同様、CFをFeやAlと適当にネジとかで合わせると締結部分にひずみが発生し、たてつけ性悪化、スキマ悪化が発生したり、最悪ヒビが入るとか扉がうまく閉まらない、水漏れが起こるとかいうトラブルが発生することにもなります。
こうしたことを防ごうと思うと構造的に工夫するか、全部同じ材料を使うか、さもなくば適した接着剤をうまいこと使うかしかありません。構造的な工夫の例を挙げると炭素繊維の寸法変動が少ないのは繊維方向だけなので、積重ね方・編込み方によって寸法変化を抑制するなどの工夫も織り込めるはずです。
実際の製品で例を挙げましょう。たとえばドイツ高級車の雄 BMWは高級車Mシリーズの屋根にCFコンポジットを使用する場合、屋根とボデーは接着剤でくっつけてますし、筆者が心の底から欲しいと思ったことのあるアルファロメオ 4Cも乗員空間用の構造体を接着剤と締結ネジでくっつけてます。使われているのはアクリル系接着剤のようですが、実際にどういう分子構造でどういうメーカのものなのかまではわかりませんでした・・・なお今は飛行機でも特殊な合金を用いる以外は大体が接着で炭素繊維の構造体をくっつけているそうです。
アルファロメオ社の4Cは、中央の車両部をフルカーボンにしており
それを接着剤と締結をうまく工夫してまとめあげている模様
1990年あたりから既にスポーツカーでは採用されていたが、
市販車でかつここまで大型な部品への適用例はBMW i3など極僅か
なお、加工性についてもケチがつきます。特に熱硬化性樹脂は固めるのに時間がかかる! 熱可塑性(≒直鎖ポリマー)樹脂の場合は溶かした樹脂を高圧で無理矢理繊維にしみこませる手段(RTM:Resin Transfer Molding)が採れ、最速1分で部品が完成、というレベルまで来ているのですが、より高強度な部品を作るための熱硬化性(≒架橋ポリマー)樹脂ではどうしても全体を焼き固めないとアカンわけです。
加えて泡が入ったり生焼け(未硬化)になったりしたらヒビとかワレが発生してしまうから、部品によってはこんな↓クソばかでかい炉(真空炉のケースも)が必要になる&時間かかる→固定費大&製造コスト大、となり、やめよっか、となってしまうケースも多々あります。
クソばかでかい炉の例(飛行機の翼等に使用)
手前に居る人のサイズに注目
あと、当たり前のことですが炭素繊維で作った成形体、溶接できません&非常に削りにくい&補修出来ません。強度を若干犠牲にした熱可塑性樹脂含浸タイプならある程度なら対応できるケースもありうるのですが、接合部は樹脂のみになって折角の高強度を活かしきれませんし強度・靱性は熱硬化品にどうしても劣ります。
ということで上記のように接着剤でくっつけざるを得ない。また接合についてはミシンみたいに縫い付ける、という手段が使えたら面白いのですが(実際にそういう工法も考案されてる:リンク・東海工業ミシン殿による新工法例)縫付け針が貫通できるような薄い構造体に限られるでしょう。
【この項の参考文献】
- “Pure Alfa Romeo 4C —without heart we would be mere machine” こちら
②意匠性
“Cube” “Splice”などで有名な映画監督Vincenzo Natali が創った”Nothing”というカルト的人気を誇る映画に、筆者が好きな下記のシーンがあります。
Andrew :”Would you, the world disappears, you are the only one left, two complete strangers, with nothing but underwears, and same like a sword, come and knock on your door lookng for food, (if) you desparately need to survive, for God’s sake, you’re just gonna open the door and let them come in?
David :”F**k that!”アンドリュー:「世界が消滅した後に君が最後の生き残りだとして、下着姿で刀持ってる二人の男がやってきて『食料探してる』ってドア叩いたら、わざわざ開けて中に入れてあげる?」
デビッド: 「やんねーよ!」
ということで意匠性はどのような状況でも極めて重要なもの。炭素繊維はこの点、鉄やアルミに比べて非常に特異な性質を持っております。
・塗装が極めて難しい
・色が黒ずむ
・表面形状が繊維(織物)形状に依存する
要は下図のような感じ。これが、例えば自動車の車体全体に使われたらかなりその外観は制限されることになります。自転車のように骨格にうまくパッケージ出来ればむしろかっこいいのですけど、ボンネットのように広がりを持ったものに適用する場合は印象がかなり画一的になってしまうと筆者は感じています。第一、女性らしくない点で筆者好みでない。
こういう例もあるが、だいたいが着色した繊維を混ぜてる
結局、塗装については上記のように着色した繊維を混ぜたり表面処理をしたりして色彩を豊かにする工夫もなされていますが、やはり下地の黒さは残ってしまうため、明るい色には適用が難しいのは容易に推測できるでしょう。もし「白い炭素繊維」とかできたらまた色々面白そうなことが出来る気がするのですが・・・というかアラミド繊維使えって話ですね。次行きましょう。
③値段がTakai
最大の問題点がこれです。
原材料をつくるのも、成形するのも、安定的に組み付けれるようにするのもとにかく高い! アルミの製造・成形も鉄に比べて決して安いコストではないのですが、カーボンは原料(PAN)の時点からのプロセス数自体がどうしても多くしかも特殊に、しかも加工時間が長くなるために高くなるのです。
前半の記事で描いた工程で出来た繊維が完成品になるまでの工程例
前述のZoltek社 社外発表資料より筆者が改編して引用(こちら)
鉄なら、鉄鉱石から高純度・高性能な鋼板、丸棒、H鋼等様々な形状が容易に得られ、しかも競合社が多いので競争原理がはたらいて安くなりやすい、プレスとか鍛造で容易に加工できるし溶接できるし、そして加工時の端材はリサイクルできるという、当に産業の屋台骨を支えるべき特性を持っているわけです。あと、凹んでも軽度なら板金屋さんで部分的に直せる。そもそもが、鉄やアルミは設備償却が終わってるケースが多々あるので、炭素繊維が単純な原料・製造コストで殴り合いしてもまず勝てないのですね。
加えてリサイクル性も大きな弱点です。炭素繊維は現状「基本的に(元通りには)リサイクルできない」という事実があり、カーボン成形体はその廃棄物の大半が埋立処理されています。通常の焼却炉では処理できないケースがほとんどで、燃やすにしても相当な高温処理が必要になり、またその結果発生してしまった粉塵は導電性であるために様々な電気製品へ悪影響を及ぼし得ることも懸念されています(ので、粉塵回収のバグフィルタか強力なアフターバーナーが要るがそれも処理コスト増につながる)。
なんとか樹脂だけ分解して炭素繊維を取り出すリサイクルしている会社もないわけではないです。が、短繊維としてしか取り出せないケースがほとんどで、品質・コストでバージン材と殴り合いしてもやはり勝つのは難しいでしょう。ここらへんはネジでの締結と同様、分子構造を工夫して「外せば再利用できる」的な面白い技術が必要になってくるのではないでしょうか。
まとめ
炭素繊維は人間の体で言うと歯とか爪の原料であるケラチンみたいなもんで、強くて軽いけど使われる部分 は限定される、でも人体には絶対に必要、という意味で位置付けが似ている気がします。となると、炭素繊維が鉄とかアルミとかにとってかわ る、ということはアルマジロみたいに爪で装甲された人類が出てくるのと同じイメージになりますでしょうか・・・でもそんな製品がホイホイ出てくるほど進化が早いわけがない。
ということで
「炭素繊維が鉄やアルミにとって代わることは当面なく、しばらくは適材適所だろう」
という、あたりまえの結論になってしまいました。
結果的に炭素繊維にケチをつけるような書き方になってしまいましたが、やはり鉄やアルミのように大量に出回るにはまだまだ課題があるからということです。それもそのはず、炭素繊維誕生からまだ半世紀しか経ってないからです。一方鉄に至っては有史ではヒッタイトの時代から、2000年近くにわたりその技術が連綿と重ねられてきた材料です。それに対して炭素繊維に筆者ごときがケチをつけられるのは、未だ解決されていない課題がたくさんある、研究開発者にとってのフロンティアであることの裏返しでもあります。リサイクルしかり、低コスト化しかり、成形性しかり。ただその導電性にも、また染みこませてる樹脂にも弱点がありますが・・・。
というように問題は山積しているのですが、たとえばアルミの例を挙げましょう。1900年あたりに世界初の科学万博(パリ万博)で陳列されたアルミの食器はとんでもねぇ高価格だったそうです。それが今やどうでしょう、家庭にまで入り込むレベルまで低価格化されました。これも数多くの技術革新があったからにほかなりません。
以上、筆者が指摘するまでもなく炭素繊維はその切り口次第でまだまだ研究開発ネタを仕込める、重要な分野であると思うのであります。折角日本企業がトップを独占しているこの時期に次のネタを仕込んでおくのは、追随者を引き離すのに重要な意義を持つはずです。きっと性能的にもコスト的にも様々な研究開発の切り口が存在している、と勝手に信じています。
「限界は世界にではなく、自分の意識のうちにある」と説いたのは誰だったか忘れましたが、関係諸氏のそうしたご尽力により、炭素繊維がさらに安く、使いやすく、環境負荷のより低い材料となっていくことを期待いたします。
それでは今回はこんなところで。