医薬品など有用分子を効率よく供給するためには、化学による”反応条件“の開発に加えて、理想的な”反応場“の開発も重要なファクターの1つです。加えて、環境問題への注目が集まる昨今、廃棄物をできる限り排出しないクリーンな合成法がより求められています。
先月、東京大学の小林修教授らは「不均一触媒型カラムだけを用いた連続フロー法による医薬有効成分rolipramの不斉合成」を報告しました。
“Multistep Continuous Flow Synthesis of (R)- and (S)-Rolipram Using Heterogeneous Catalysts”
Tsubogo, T.; Oyamada, H.;Kobayashi, S. Nature520, 329–332 DOI:10.1038/nature14343
本報告は、「固定化触媒」という最も理想的な”反応条件”に加え、「フロー法」に適用することに良好な”反応場”を実現し、医薬品の精密合成を達成したという点で顕著な研究結果であると言えます。それでは、今回のキーワード「フロー法」と「固定化触媒」について順を追って説明したいと思います。また、最後に小林教授本人から今回の結果についてメッセージをいただきましたので併せて紹介いたします。
フロー法ってなんぞや?
現在私たちが使用している医薬品などの有用分子は、主に大きな反応容器を用いて反応を行った後に生成物を精製する「バッチ法」で合成されています。バッチ法では複雑な構造を有する化合物を多段階かけて合成できる反面、各ステップで合成中間体を精製する必要があることや、反応後多量の廃棄物が排出されることが問題となります(図1左)。また、大量スケールで反応を行う際、熱伝達・撹拌効率の問題も生じます。一方で、これらの問題を解決し得る方法として「フロー法」が注目されています(図1右)。フロー法は古くから知られていますが、原料を段階的にカラムに流していき、中間体の単離・精製をせず目的化合物を得ることが可能であるという利点があります。さらに、フロー法の利点として(特にマイクロリアクターを用いた場合)小さな反応容器を用いて反応を行うため反応効率が高いことや、反応条件を機械で精密に制御できるため安定した供給が可能であることが挙げられます。しかし、バッチ法と比較してフロー法を用いた精密合成は複雑構造分子へ応用することが難しくいまだ実用化まではあと一息といったところでした。
フロー法による触媒反応の分類
フロー法による反応は大きく分けて以下に示す4つに分類できる(図 2)。
- 無触媒型 (Type I):反応剤AとBを流し込みカラム内で反応させる。この時、生成物とともに未反応の基質や副生成物が同時にカラムから出てくるため反応後の精製操作が必要
- 固定化反応剤型 (Type II):Bをカラムに固定化しAを流して反応させる。時間の進行と共にカラムに固定化した反応剤Bが消費されるため、カラムの新調が必要
- 均一触媒型 (Type III):A、Bと触媒を一緒に流して反応させる。触媒作用により反応は効率的に進行するものの、生成物から触媒の除去が必要
- 不均一触媒型 (Type IV):触媒を固定化したカラムにAとBを流して反応させる。反応を円滑に進行させると同時に、Type IIIとは異なり触媒の混入を防ぐことが可能
触媒を使うということは効率的な反応条件として大変重要ですが、医薬品製造において触媒の混入はその除去に時間とコストがかかるため大きな問題となります。これはフロー法においても同様です。そのため、筆者らはType IVの不均一触媒型カラム(固定化触媒)を用いたフロー合成がグリーンサステイナブルケミストリー(Green Sustainable Chemistry: GSC)[1]の観点からも理想的であると考え、不均一触媒型のみを用いた医薬品のフロー精密合成に挑戦しました。
医薬品のフロー合成ーrolipram
今回標的とした医薬品rolipram(1)はγ-アミノ酪酸(GABA)誘導体の1種で抗炎症性、抗うつ性、免疫抑制の作用を示す有用分子です。その他にも記憶力の向上作用を有し、パーキンソン病やアルツハイマー病の症状改善が期待されています。
さて、rolipramの逆合成解析を下に示します(図 3)。1はラクタム7のエステル部位の加水分解/脱炭酸より合成可能で、7はγ-ニトロエステル6から誘導できるとしました。6はマロン酸エステル5とニトロアルケン4の不斉1,4-付加反応、4は市販されているアルデヒド2とニトロメタン3により容易に誘導可能です。非常に素直な合成戦略であると思います。
ここでポイントとなるのは不斉1,4-付加反応によるγ-ニトロエステル6の合成。実は筆者らは、2012年、塩化カルシウム/キラルPybox固定化触媒を開発し6の不斉フロー合成に成功しています(Figure 4) [2]。この独自で開発したキラルカルシウム触媒を今回のrolipram合成に応用しています。
原料を”流す”だけで医薬品がつくれる
筆者らの合成戦略に基づいて設計されたフローリアクターは4種類のカラムから構成されており、カラム間にはレシーバーが備え付けられているので反応のリアルタイムなモニタリングが可能になっています(図4 5)。開発したフローリアクターの一連の流れは以下のとおり。
Flow 1:アミンシリカゲルと塩化カルシウムを充填したカラムにアルデヒド2とニトロメタン3のルエン溶液を流してニトロアルケン4を合成
Flow 2:マロン酸エステル5とトリエチルアミンのトルエン溶液を合流させ、上述したキラルカルシウム触媒の充填されたカラムに通すことでγ-ニトロエステル6を合成
Flow 3:水素ガス存在下、ポリマー担持型パラジウム触媒によるニトロ基還元反応続く、分子内環化反応
Flow 4:120 °C下エステル部位の加水分解と脱炭酸
近年フロー法による医薬品化合物を含む複雑化合物の合成例は報告され始めているが [3], [4]、不均一固定化触媒だけで医薬有効成分を合成した例は今回が初めてとなります。その他にも本手法の有用性をまとめると以下となります。
① バッチ法でニトロアルケン4を合成するにはアルデヒド2が1.5~1.7当量必要であったが、フローリタクターを用いることで1.2当量に低減
② Flow 2において、キラルカルシウム触媒の選択により、両エナンチオマー体の作り分けが可能
③ フローリアクターを1日稼働させることで約1 gのrolipramを不斉合成できる
④ 使用した不均一触媒は空気に安定で長期間の使用に耐えられる(1週間以上)
⑤ 最終生成物の元素分析(ICP)によって金属パラジウムのリーチングが無いことを確認
⑥ 各ステップで基質適用範囲の検討も行われており、ニトロアルケン4、γ-ニトロエステル6、ラクタム7の他の誘導体が合成可能。これにより本手法のライブラリー作成への応用も期待
終わりに
筆者らの開発したフローリアクターは、自身の掲げるコンセプト「フロー精密合成」を実現した例であり将来的に製薬産業への実用化も期待されます。何より、独自に開発した反応条件と反応場の有機合成化学の両輪を細かに制御しており、まさに精密合成といったところです。そして、この実現には、一朝一夕の研究では達成できない、並々ならぬ実験検討が伺えます。そのような観点からしても他では実現できない卓越した研究結果ではないでしょうか。しかし、これでも多数の不斉点や官能基を持つ生物活性物質への自在なフロー合成適用は未だ技術的に未熟です。合成ルートが確立している化合物であっても、フローリアクターの設計という技術的問題もあります。本研究はラボスケールの合成を時代のニーズに答える工業化学へと発展させていく第一歩の研究といえるでしょう。
最後に、小林教授から本研究に関するメッセージをいただきましたので紹介します。少し割愛させていただきましたが、かなりの長文、一読の価値ありです。ご協力に心より感謝申し上げます。
小林教授からのメッセージ
この度は、私たちの研究を取り上げていただき誠にありがとうございます。厚く御礼申し上げます。
さて、ご存知のように、化学品を合成する方法としては、主にバッチ法とフロー法があります。ともに古くから知られている方法ですが、現在、ほとんどの有機化学・有機合成化学の研究室ではバッチ法が用いられているので、バッチ法に馴染みが深い方が多いのではないかと思われます。実際、医薬品原薬、香料や電子材料用の化成品、農薬などのファインケミカルの製造も、ほとんどがバッチ法の繰り返しで行われています。一方、フロー法はこれまで、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成のような、気体分子の反応による基礎化学品の大量合成に用いられてきました。また、マイクロリアクターを用いる合成は基本的にフロー法で行われます。
方法論的には、フロー法はバッチ法に比べて、環境負荷の低減、効率、安全性の面で優れています。一方、フロー法はバッチ法に比べると合成が難しく、簡単な気体の合成には使えても、複雑な構造を有する医薬品原薬などの有機化合物の合成に用いることは困難であると考えられてきました。
フロー合成の先駆的な研究としては、英国Cambridge大学のSteven Ley教授や京都大学の吉田潤一教授のお仕事があります。Ley教授らは、フロー反応を駆使して天然物や医薬品原薬を含む生理活性物質の合成を行っています。また、吉田教授らは、マイクロフロー法を用いて不安定な中間体を制御し、バッチ法では困難な有機合成をフロー法によって実現しています。今回の私たちの研究は、すべて固定化触媒を充填したカラムを用い、これらに市販の原料を通過させるだけで医薬品が直接得られる点に特徴があります。
今回の研究成果は、お陰様でいろいろなところで報道していただいています。その中で少し気になるのが、今回の研究が「自動化」を目指した研究である、中には、「人手を掛けて複雑な反応を繰り返す医薬品産業を装置産業に変える試み」である、という報道もありましたが、これらは必ずしも正しくありません。確かにフロー合成の先駆的な仕事では、「有機合成化学者の労働を軽減する」とか「有機合成化学者の「腕前」に頼らず、誰でも簡単に有機合成ができるようにする」という目的が掲げられています。正直に申し上げると、私はこのような目的には少し違和感を持っています。
そもそも、そんなに簡単に有機合成ができるのか?と。
実際、これらの研究の方向は、個々の有機反応を改善するよりは、既存の有機反応を用いることを前提にして、その上で、生じる副生成物をどう分離するか、未反応の、あるいは過剰に用いる原料をどう処理するか、生成物をどのように精製するかなどに向いているように見受けられます。例えば、これらの有機反応以外の部分を自動化するための器械の開発などが盛んに進められています。
今回の研究成果によれば、確かに最終的にはポンプのスイッチを入れてあとは放っておけば(R)-ロリプラムが合成できます。ただし、使っている器械は最小限で、基本的にカラムとポンプだけです。バッチ反応で用いるフラスコがカラム、撹拌器がポンプとすれば、ほぼ同等ではないでしょうか。そのような簡便な装置(機器)で、フロー法によって、合成を達成しました。その成功の鍵は、優れた固定化触媒と有機反応だと考えています。
私はここに今後の有機合成化学が進むべき一つの道があるのではないかと考えています。ひとことで言うと「フロー精密合成」の研究です。「フロー精密合成」は、「フロー法による精密有機合成」であり、「フロー法によって高収率、高選択収率を達成する反応や合成」です。さらに、フロー法の特徴は「連続」であるので、「個々のフロー型反応を組合せて多段階フロー型システムを構築し、構造的に複雑な化合物を合成する」のが「フロー精密合成」です。
私たちのグループでは、この研究を数年前からスタートしていますが、「フロー精密合成」の目指す方向と、現在の有機合成化学が目指す方向はかなり共通する部分があります。有機合成化学はいろいろな意味での「効率」を追求していますが、「フロー精密合成」も一番の目的は「効率」の向上です。一方、有機合成反応では高収率を望むことは言うまでもありませんが、「フロー精密合成」ではたとえ高収率で目的物が得られても、Wittig反応のような共生成物ができる反応は好みません。多段階フロー型システムに用いた場合、下流に共生成物が流れるのは望ましくないからです。実は有機合成化学でも、Wittig反応はアトムエコノミーの観点からは必ずしも優れた反応とは言えず、改善が求められています。また、私たちは「フロー精密合成」において固定化触媒の使用を奨励していますが、有機合成化学でもグリーンケミストリーの観点から触媒の使用が奨励されており、ここにも共通点があります。
それから、私たちが目指す「フロー精密合成」は、「バッチ反応ではできない反応」には限定しません。バッチ反応でできる反応でも、フロー反応でできればよしとします。これは先にも述べたように、方法論的にフロー法はバッチ法に比べて多くの利点があるからです。と言っても、現段階ではフロー反応は、バッチ反応に比べると圧倒的に数が少なく、発展途上です。また、言葉の問題ですが、将来多くのフロー反応が開発され、高収率、高選択収率を実現するフロー反応がどんどん増えてくると、「フロー精密合成」の「精密」は当たり前になって、現在の有機合成のように「精密」は略されて単に「フロー合成」になるかもしれません。また、現在、有機合成はバッチ法で行うのがほとんどなので特に「バッチ法による」有機合成とは断りませんが、将来「フロー精密合成」が普及してくると、有機合成をバッチ法でやったのかフロー法でやったのかを断らなければならない時代が来るかもしれません。
話が少し横にそれましたが、最後に「フロー精密合成」の波及効果、今後の展望について少しだけ書かせていただきます。
今回の様に、様々なファインケミカルが、将来的には「フロー精密合成」によって合成できるようになると思います。そのために、この基礎研究が極めて重要です。バッチ法に比べてフロー法の特徴の一つは、少量合成から大量合成までオンデマンドで合成可能な点です。例えばもし、タミフルのフロー全合成が完成すれば、現在行われている国単位、都道府県単位でのタミフルの備蓄は必要なくなるかもしれません。これだけでも、「フロー精密合成」の研究の意義は極めて大きいと言えます。
また、基礎研究に加えて、「フロー精密合成」の応用研究も大切です。産業レベルでの「フロー精密合成」の特徴は、グリーン、省エネルギー、省スペース、安全に加えて、「Just in Time」であり、これらはいずれも現在の日本に適した、日本に望まれているビジネスモデルに適合します。「フロー精密合成」の研究は、基礎研究と応用研究の距離が短いのも特徴で、もしかしたらこの点は応用研究にとっては望ましいことかもしれません。
私は、「フロー精密合成」を、将来の日本の「ものづくり」を支える独自の基盤技術として確立していくことが重要と考えます。これによって、中国やインド、東南アジアにシェアを奪われ、ともすると元気をなくしかけている日本のファインケミカル産業が復活するかもしれません。産官学連携のもと、有機合成化学に加えて、固体触媒、連続フロー装置、分析装置など、日本の得意分野が結束して最強連合を作り、「フロー精密合成」の基礎研究、応用研究を車輪の両輪として押し進めることが期待されます。
東京大学大学院理学系研究科化学専攻 小 林 修
関連文献
- グリーンサスティナブルケミストリー
- Tsubogo, T.; Yamashita, Y.; Kobayashi, S. Chem. Eur. J. 2012, 18, 13624. DOI: 10.1002/chem.201202896
- Baxendale, I. R.; Deeley, J.; Griffiths-Jones, C. M.; Ley, S. V.; Saaby, S.; Tranmer, G. K. Chem. Commun. 2006, 2566. DOI: 10.1039/B600382F
- Hartwig, J.; Ceylan, S.; Kupracz, L.; Coutable, L.; Kirschning, A. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 9813. DOI: 10.1002/anie.201302239