以下の4つの視点から、2回に分けてADC薬について紹介しています。
- 創薬上の歴史的背景という側面
- 創薬化学の視点小分子と抗体薬とADCの比較
- これまで見捨てられてきた天然物の有効利用という視点
- 知財・CMCの視点
前回の記事では1と2について説明しました。後半として、ADCの小分子部分に注目し、3. 見捨てられた天然物は宝の山?と、ADCの特許とCMCに注目し、4. タンパクは有機化学の領域に という提言を展開してみたいと思います。
3. 一度は見捨てられた天然物は宝の山?!
最近、これまでは主に小分子単独で臨床試験をしたものの、医薬品として承認されなかった天然物やその誘導体に抗体についたADCが臨床試験に多く入っています。
一般に、ADCに望まれる小分子は、メカニズム既知の殺細胞活性をもち、比較的極性の高い化合物です。この条件を満たす天然物は、前出した初期の抗がん剤で臨床にもあがれず薬に遠く及ばなかった天然物達に、再チャンスを与えることできます。通常極性の高い天然物は膜透過性がないため、細胞内に入ることができません。このため、biochemicalな実験でメカニズムが(例えばtubrinを阻害)わかっているのに細胞を使った実験では効果のでなかった天然物および誘導体はこれまで、見向きもされてきませんでした。
しかし、そういった一度は忘れられた天然物こそADCで利用できる可能性があります。極性が高い化合物は、一度細胞内に入ればPgpの基質になりにくいので、副作用のリスクがかなり軽減されます6。また、血中でたまたまlinkerが切れたとしても、極性の高い化合物は細胞に取り込まれず尿から排出されます。よって、毒性のリスクも軽減できることが期待できます。ただし、腎毒性だけは注意する必要があるかもしれません。
4. もう少し詳しくADC:特許とCMCの視点から
創薬企業で働く研究者にとって、特許戦略とCMC対応が非常で重要であることに反対される方はおられないでしょう。
では、まず特許戦略の観点からADC をみていきたいと思います。
このADCの特許はどのように構成されているのでしょうか。ヒントは、表1の臨床に入った化合物のリストにあります。
詳しく見てみると、ImmunoGenとSeattle Geneticsという企業が、単独もしくは、様々なメガファーマと組んで臨床試験をしている例がほとんどであることに気付きます。これは、この2社が、数々の失敗を繰り返しながらも諦めず、創薬につなげることができたことと関係があります。
彼らは、失敗した非臨床や臨床研究の試験データを積み上げ成功に導くノウハウを十分持っています。また、ADCの胆がlinkerであることを熟知しています。その結果、様々なlinkerに関して既に戦略的に特許を取得しています。そのため、それらの特許をすり抜け独自開発した新規性か進歩性のある(特許の取れる)linkerと自社開発済みの抗体を持ち合わせない限り、先駆者の2社の協力なくして、ADC事業に参入できないのが現状のようです。
実際、彼らの企業戦略は、性質の異なる「Linker+小分子」の組み合せで複数の特許をとります(Linkerのみの特許では、薬効がないので「用途」が「ある条件で切れる化合物」という特許となり、薬の特許として効力をもてないため)。では、彼らのビジネスモデルはどうなっているのでしょう。先行2社は、抗体の薬をもっている会社に複数の「Linker+小分子」の使用権を売り込むというビジネスモデルで収益をあげています。
実際の非臨床や臨床、CMCでの肝になる「Linker+小分子」のノウハウは企業内部にしか存在しないため、実際失敗を積み上げないと独自に開発するには企業に相当体力が必要です。そのため、彼らの手法を使わせてもらった方が、確実に短時間で結果が出せる可能性が高いということで、企業側には経済的に美味しい話です。先行2社を利用することで得られる開発やCMCでのノウハウを学べることを考えれば、財力のある企業なら高い授業料も払ってでも契約する価値があると判断することは推測できます。勿論、先行2社は、多大な財源と豊富な経験から、次の戦略をしたたかに練っていることと想像します。
しかし、そんな中、Pfizer社が単独で二つのADCをphIIの段階まで進めていることは目を引きます。これは彼らが、hydrazoneを含むオリジナルで新規性のあるlinkerを初期に発見できたため成功しているのだと思います(図6)。
最後にCMCの観点からです。
CMCとはChemistry, Manufacturing and Controlの略で、原薬を安定的に一定の品質の薬を供給できるかを問われる重要なポイントであり、製剤過程も含まれます。非臨床・臨床試験に治療薬を届けるとことがミッションで、承認申請には欠かせない重要な部門です。
一言でいえばCMCとは品質と供給能の担保です。実験試薬でlot の違いが問題になることはしばしば起こりますが、薬が生産のlotによってその性質が少しでも異なることは生命を脅かす可能性があり許されることではありません。スムーズにCMCを行うにはMedicinal chemistsからProcess Chemistsと製剤チーム等への橋渡しが重要でチームワークが問われます。信頼ある製品を世に出す上で最も重要なポイントと言っても過言ではないでしょう。
小分子ですら大変なのですが、抗体にlinkerをつけ小分子を付けるという複雑な化合物の場合、どの程度の品質を求められるのでしょうか。抗体のような大きな分子に複数の反応点がある場合、くっつく小分子の数にバラツキがでるはずです。Linker接続アミノ酸がLysのタイプだと0-7の小分子の分布がみられ、結合数は2項分布を示すそうです。Cysのタイプは0,2,4,6,8の小分子の分布が見られ、2と4の分布が優性となるそうです。上記を考えると、いかに安定的にADCを提供できるかが非常に大きな問題となったことでしょう。
実際には、最初に登録を受けたADCの小分子の結合数は4で、2つ目のT-DM1が3.5となっています。ADC薬では分子量に分布が出ても、それが臨床試験に用いられた治験薬と同様に予め規定した品質内にコントロールされるならば承認審査の対象となります。承認を受けたということは、反応や精製で分子量を安定的にコントロールできたはずですのでその技術力には驚かされます。
抗体に結合させる化合物の数や位置を制御するテクノロジーはすでに始まっていて、実験室レベルで成功例が報告されつつあります。位置や数を調整することが、どの程度薬効等に影響を与えるのか、今後の展開が楽しみです。
最後に2つの提言
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。長文となり申し訳なく思っています。2つだけ述べさせてください。
まず、ADCが創薬となった今、抗体などのタンパクも有機化学の領域として扱う時代に入ったことを意味します。タンパクだから、、、などという言い訳をする時代ではなくなったということです。DDSなどの分野では研究段階ですがすでに余力のある企業やベンチャー企業では積極的に有機化学者がタンパクや高分子(polymerなど)のような巨大な化合物へ目的の化学修飾をするための技術開発が日常的に行われています。中には臨床に入っているものも多数あります。
最後に、私は個人的に日本が得意としてきた天然物化学への期待を強く持っている研究者の一人です。
しかし、多くの製薬企業が天然物事業から撤退し、それに伴い天然物を志願する学生も研究室も年々少なくなっているように思えます。先人の懸命な努力によって今日ある天然物化学の技術は将来においても維持すべきものだと考えます。全ての技術は人という財産を失ってからでは手遅れです。天然物をもっと有効に、もっとうまく使える方法が必ず存在するはずです。私達の知恵が及ばないだけだと思っています。
今回、ADCという新しい技術の出現で天然物の有効な実業への利用法が見出され、忘れ去られていた天然物の魅力があらたに注目されるようになりました。このように異分野からの刺激をうまく取り入れ、今後日本の天然物化学が新たなステージに進化することを期待しています。
参考文献(前半・後半通して)
- Lambert, J. M.; Chari, R. V. J. Med. Chem.2014, 57, 6949. DOI: 10.1021/jm500766w
- Chari, R. V.; Miller, M. L.; Widdison, W. C. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 3796. DOI: 10.1002/anie.201307628
- http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/19th/sanko-1.html
- http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.html
- (補足) 脳内を例外的に扱った理由は、脳内には血液脳関門(Blood Brain Barrier)という構造があり脳内部への異物の侵入から守られているためです。この作用は、脳内の血管内皮細胞は細胞間の結合が密でかつ必要な化合物を脳の組織液に通し異物を排除する仕組みを持っているためにおこります。しかし、小分子では、脳内に化合物を分布させることも脳内に分布させないことも可能で実際現在脳内の薬はほぼ小分子のみです。一方、抗体を脳内の標的に到達させることは通常の方法では不可能です。今年Roche社が血液・脳関門の突破のために、トランスフェリン分子を細胞の表から裏へと運ぶシャトルとしてのトランスフェリン受容体が使い脳内を標的にできる抗体を開発しました。この手法で実際薬ができるのなら将来が非常に楽しみです。
- 6. (book) Drug-like Properties: Concepts, Structure Design and Methods, E.H.Kerns and Li Di, ACADEMIC PRESS, chapter 9.
謝辞
本寄稿(前半・後半)を執筆するにあたり、ADCを研究されていたI氏に文章を校正をしていただきました。この場をかりて感謝申し上げます。
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