以前の記事で少々気になったことがあったので追加で調べてみました。
Tshozoです。前回の記事を書いたあと、気になったことがありましたので追加で調べて記事にしてみることにしました。
それは、ヤモリの足のような極端な構造を持ってなくても身近に「すぐ付けて、剥がせる」という特徴を持ったモノがあるじゃないか、ということです。それはタイトルの通り、文房具四天王の1人「Post-It」。随分前に紹介しました3M社(日本では住友3M社)のカンバン商品です。
住友3M社 HPより引用
最近の筆者のお気に入りは長さが変えられるロールタイプのもの
このPost-It、以前から「特殊な接着剤が使ってある」「ノウハウがすごい」というような噂は聞いてましたが、じゃあ実際どういう分子構造の接着剤を使って、どういうノウハウが組み込まれているものなのか、をまともに調べたような話も最近はあまり聞きません。では一体何が特徴で、どこで工夫しているのか。その観点から調査してみましたので、今回追加で展開します。お付き合いください。
①なんでくっつくの?
結論を言いますと、くっつくのは表面に接着剤があるからです。基本特許(失効済) を見る限り、アクリル酸系ポリマーを主剤として色々混ぜてる(適当)ようですが、このポリマ自体は一般的な接着剤として色々なところに多用されるもので、そこまで特別なものではありません。
基本特許の実施例1から想定される接着剤の分子構造
イソオクチルアクリレートとトリエチルアミンメタアクリルアミドの共重合体のもよう(ブロック数は不明)
もちろんこれに色々加えて接着力を調整していることでしょう。しかしこれだけだとフツーの接着剤。何で一体工夫して剥がせるようにしているのでしょうか。
②なんで剥がせるの?
で、剥がせるのは、「接着剤の形に特徴があるから」です。日東電工殿が書いているこちら が極めてわかりやすいのですが、要はべたーと接着させるのではなく、丸い接着剤でくっつける/ひっかけるイメージです。どっちかというとクラレファスニング殿 が扱う「マジックテープ」の接着剤版だと考えるとイメージしやすいでしょうか。
Post-Itの表面の拡大画像(SEM画像)の例1 こちらから引用
丸いところが接着剤(光っているのは観察時チャージアップ防止用の導電材とみられます)
Post-Itの表面の拡大画像(SEM画像)の例2 こちらから引用
同じく丸いところが接着剤 少し配置が異なる
接着→剥離のイメージ こちらの図を引用して筆者が作成
また特許を見る限り、丸い接着剤をエマルジョン方式により合成→分離して再分散→紙に塗る、として作っているようです。接着剤にどのようにして弾性(元の形状に戻る「バネ」性のこと)を与えるかはもちろん、粒径分布や接着剤表面の官能基、塗り方、組成、乾燥方法などを長年積み重ねたノウハウにより決めているのだと推測します。
③ヤモリとの共通点は?
「多点でくっつける(引っかける)」という点が前回の記事→●で見た通り、共通事項でしょう。もしかしたらそれなりに接着性が強い方に振ったら、Post-Itでもガラスの壁にぶら下がれるかもしれません! たぶん。 ただ、Post-Itとヤモリの足の違いとして、下図のように完全接着した場合の接着総面積はヤモリの足の方がかなり大きいことが予想されます。接着強度を本当に比較するには正確に測定しないとわからないのですが、実際には凹凸が酷かったり接着面にホコリがあったりすることを考慮すると、やはりヤモリの足の方に軍配があがるのでしょう。
ヤモリの足での接着イメージ(赤いのが繊毛:Setae) 引用はこちら
細かい凹凸にも対応可能 接着面上のゴミなどにも強い可能性があるらしい
④今後どうなるの?
基本特許は随分と前に切れており、Post-It市場は今は十数社がひしめく争奪戦になっています。その中でも3M社はそのリーダとして存在感を発揮しているのは間違いないでしょう。あんまりケチをつけたくはないのですが、安いメーカ殿の製品は接着力がイマイチだったりする場合があり、筆者のポリシーとしては今のところPost-It一筋です。ただ対抗馬として有名なテープメーカ「リンテック」殿のように色々な形状のタイプを売り出し、「遊び」道具として、文房具以外の用途でもその戦いの場は広がっています。工業的にも用途が広がることを期待しましょう。
ところでPost-Itにつき、思わぬ問題点が顕在化している事象があります。それは、図書館などでの古い書籍類・書物類への接着剤の残留。上記のような微妙な構造をしているため、引っぺがす時にどうしても被接着側にも接着剤が残るのです。これが紙魚(シミ)のエサになったり、黄変の原因になったりするようです(黄変に関しては以前少し記載しました→●)。そのため図書館によってはPost-It類の使用を控えてもらうよう注意書きをしているところもあるとのことですが、そうした注意すべき事項は一般的には浸透していないようです(恥ずかしながら筆者も知りませんでした)。皆様気をつけましょう。
黄変の例を示した写真 両面タイプのPost-Itでの事例のもよう
引用 → ●
ただしこの件はPost-Itのせいではなく、使用条件をきちんと考慮しましょうね、ということだと思います。思わぬ継時変化が出てくることはよくありますが、材料設計の際にはこうしたノウハウを是非織り込んで製品開発を進めて頂きたいですわ。
それでは今回はこんなところで。
参考文献
- 住友3M社 「Post-It」HP → ● ●
- 日東電工殿 「続・粘着テープ物語 その13」
- US特許 「”Acrylate copolymer microspheres” US 3691140 A」 → ●
- US特許 「”Repositionable pressure-sensitive adhesive sheet material” US 5194299 A」 → ●
- 日本フォーム工連・資材委員会・セミナー記録 「粘着紙の物理特性とアプリケーション(前編)」 → ●
- “To Post-it or Not to Post-it” the Smithsonian Institution Archives → ●
- “Adhesives: How sticky is your tape? – Man-made Products” Akron Global Polymer Academy→ ●