皆さんご存じのとおり、二酸化炭素(CO2)は地球温暖化問題とも関連の深い分子です。生活が便利になった反面、車や発電所、化学工場から毎日大量に排出されてしまっています。ゆえにどちらかというと「悪者イメージ」の強い分子でしょうか。
ほとんどのCO2は化石燃料を燃やす過程で出てくるのですが、これを回収して固定することができれば、炭素資源としての活用が見えてきます。ゴミ同様で役立たないとされてきたCO2を資源として再利用できる技術が実現すれば、これはまさに現代の錬金術。とても安価な材料合成法になるだろう期待が持てます。もちろん環境的な観点からも大変魅力的です。
このたび東大工学部の野崎・伊藤・中野らは独自に考案した合成法を用い、CO2とブタジエンを重合させ、まったく新しい形の高分子材料(プラスチック)をつくる方法を開発することに成功しました。
“Copolymerization of Carbon Dioxide and Butadiene via a Lactone Intermediate”
Nakano, R.; Ito, S.; Nozaki, K. Nature Chem. 2014, 6, 325. doi:10.1038/nchem.1882
CO2の固定化はなぜ難しい?
CO2は炭素源を燃やす(=酸素と反応させる)ことで出来る、と書きました。別の見方をすれば、反応しきって既に最安定状態にあると言うこと。
このためCO2を変換したり化学的に固定したりするには、どうしても外部からエネルギーを加える必要があるのです。結構なエネルギー量が必要なため、簡便な変換はなかなかに難しい事情があります。
この目的で「もともと高いエネルギーを持つ物質と組み合わせてやる」方策は、シンプルな解決法の一つになりえます。トータルのエネルギー収支に無理がなくなるからです。工業的にもCO2+アンモニア→尿素、CO2+フェノール→サリチル酸など、様々な形で知られるアイデアです。
今回著者らが着目したのは、ブタジエンという高エネルギー化合物。合成ゴムの原料として安価に大量生産されているため、入手はとても容易です。
しかしブタジエンとCO2を混ぜて重合を行えばそれで良いかというと、話はそう単純ではありません。
化学反応を考えるうえで欠かせない考え方の一つに、「活性化エネルギー」があります。反応を進行させるためには、ある程度の「エネルギー山」を超える必要があるとする見方です。全体としてエネルギー的に無理がない(発熱)反応でも、山をいちどきに越えるエネルギーが得られない限り、反応は進行してくれないのです。
ブタジエンだけの重合に比べ、途中でCO2を取り込む過程はこのエネルギー山が格段に高くなってしまうことを、
著者らは計算を用いて指摘しています。結果として「混ぜて反応させるだけ」ではブタジエンの重合のみが進行してしまい、CO2固定化材料を作ることはできないのです。
2つの反応を組み合わせて難問解決!
著者らはこの問題を条件の異なる2種の反応を組み合わせることで解決しました。具体的には反応過程の適切な位置にある「ラクトン中間体」[1][2]を利用し、これを基点とした重合を行ったのです。以下に概要を示します。
1段階目は適切な触媒を用いて、ブタジエンとCO2からラクトン中間体を作る反応です。この反応自体は既知反応であり[1][2]、パラジウム触媒を用いることで、ブタジエンとCO2が1:2の量比で反応しラクトンが生成します。
2段階目はラジカル条件による重合。どうやらラクトン中間体を保管していたら(酸素か光で)重合してしまったというセレンディピティが反応条件を絞るきっかけとなったようです。検討の末に、開始剤V-40に塩化亜鉛を添加する条件に行き着いています。トータルのエネルギー収支ではブタジエン+CO2へと開裂してしまう逆反応も考えられなくは無いのですが、塩化亜鉛によって触媒が不活性化されてしまうため活性化エネルギーがきわめて高くなり、この逆反応は起きません。とても上手く考えられていますね。
また、これらの反応をワンポットで連続的に行うことで、CO2を固定化させたプラスチックを得ることに成功しています。
得られたプラスチック(写真)は高温でも硬さが保たれ(ガラス転移点120~190 ℃以上)、かつ分解しにくい(分解温度~340 ℃)という特性を持っています。またラクトン部分は様々な修飾に伏すことが出来るため、多彩な機能性材料への応用も比較的容
易と考えられます。ここから今後どんな材料が飛び出してくるか、とても楽しみですね。
「夢の高分子反応」の先を目指して
以上のような挑戦的研究において画期的な成果を発表されました中野遼 大学院生および伊藤慎庫 助教から、今回コメントを頂くことが出来ました。この場を借りて紹介させて頂きます。是非ご覧ください!
この研究の最初の目標は
「アルケンと二酸化炭素からポリエステルを作りたい」
という、一見極めて単純な分子変換です。この反応は1970年代から高分子合成の夢の反応のひとつでしたが、今回我々はアルケンとして1,3-ジエンを用いることで、それを可能にすることができました。
研究を開始した当初は、遷移金属触媒を用いた配位重合によりアルケンと二酸化炭素の共重合を達成したいと考え、様々な後周期遷移金属触媒とアルケン基質のスクリーニングを繰り返していました。しかし、一年以上検討を続けた結果、混ぜても混ぜても望みのポリエステルが得られることはありませんでした。一方、試行錯誤を繰り返す中で、基質としてブタジエンを用いた際に今回の論文で重要な役割を果たす6員環ラクトンが生成したエントリーもあり、これが6員環ラクトンをモノマーとして使おうと思った発端です。このラクトン自体は1970年代に井上祥雄先生のグループによって合成が報告されており、その変換反応も数多くのグループによって詳細に検討されています。単独重合反応についても溶液重合条件で検討が行われており、「オリゴマーしか生成しない」と述べられていました。当初は否定的な報告に尻込みしていましたが、中野が単離したラクトン(液体)を空気下で長期保存しておいたところ一部オリゴマー化していることを発見し、これが重合反応を最適化してみようというモチベーションとなりました。
最適化の過程ではまず再現性に苦しみました。後にわかったことは原料の純度が極めて重要であり、十分な重合が進行するためには99.5%以上の純度が必須ということです。これは6員環ラクトンの合成段階で副生する5員環ラクトンが重合を阻害するためです。また、伊藤の提案よりルイス酸の添加が分子量向上に有効なことは早い段階で見出していましたが、炭酸エチレン溶媒を見出すまでには時間がかかりました。検討も一年半が経過し万策尽きたと半ば諦めていた中、契機となったのは特許のために10gオーダーでのサンプル提供が必要になったことです。過去の数百のエントリーを見直し再スクリーニングを行った結果、双極子モーメントは小さく分極率が大きいカルボナート系溶媒にたどり着くことができました。最適な溶媒が見つかったことで野崎教授が当初から熱望していたラクトン合成とその後のラジカル重合を一段階で行う「ワンポット反応」はすんなりと可能となりました。得られたポリマーの構造同定も困難を極めましたが、最終的に妥当な帰属ができたと考えています。
また、本研究の過程で中野が二酸化炭素とエチレンの共重合の熱力学的考察を推し進め、二酸化炭素とアルケンの共重合における一般的な問題点を提案することができました。これによって今回の成果が、二酸化炭素によって課せられる熱力学的・速度論的障害を、ラクトン中間体を経由することで巧妙に潜り抜けていることを明らかにできました。
今回、我々は1,3-ジエンの反応性を利用し、ラクトン中間体を経由することで二酸化炭素との共重合体の合成へ持ち込むことができましたが、本手法の単純アルケンへの適用は困難です。今回の研究の間に培った、熱力学的、速度論的考察に基づいて、最も単純なアルケンであるエチレンと二酸化炭素の共重合が達成された瞬間がこの研究のゴールであると考えています。
最後に著者一同より、快く分子量測定に協力して頂いた東京理科大学の杉本裕教授、五藤秀俊博士、本多智助教にこの場を借りてお礼申し上げます。また、Brad P. Carrow博士(現プリンストン大学)はじめ、たくさんの有益な助言をいただいた野崎研究室のメンバーにも感謝いたします。
また、本研究について本年度の日本化学会第94春季年会にて、中野がB講演を行うので(1B6-28)多くの方に足を運んでいただけると幸いです。
関連文献
[1] Sasaki, Y.; Inoue, Y.; Hashimoto, H. J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1976, 605. doi: 10.1039/C39760000605[2] Behr, A.; Henze, G. Green Chem. 2011, 13, 25. doi: 10.1039/C0GC00394H
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