ノーベル賞の前哨戦?として毎年行われているイグノーベル賞。「人々を笑わせ、そして次に考えさせる」研究を行った科学者らに、正真正銘のノーベル賞受賞者たちから渡されます。
これまでも、ケムステでは2007年よりイグノーベル化学賞について、速報・解説を行ってきました(関連記事参照)。そして本年度も、2013年のイグノーベル化学賞が本日発表となりました。
「タマネギを切ると涙が出るしくみを詳細解明」:今井真介(ハウス食品)ら、7名
え、そんなのわかってなかったの?と思われるかもしれませんが、もう少し詳しくいえば、生化学的にタマネギの涙が出る成分自身の酵素を決定したというのが今回の受賞者である今井さんらの業績です。タマネギを切るとなぜ涙が出るのかという長年の疑問に取り組み、「生化学過程はこれまで認識されていたよりも、ずっと複雑だった」という結論に至りました。では簡単に、彼らの業績と周辺のお話をとっても簡単に解説してみましょう。
タマネギを切るとなぜ涙がでるの?
涙を発生させる催涙成分がタマネギを切ると発生するからです。その催涙成分は下の図にあるプロパンチアールS-オキシドとよばれる硫黄化合物です。
タマネギのにおいって独特のにおいがしますよね。そのにおい成分も硫黄化合物という硫黄Sが入った化合物です。これらはタマネギ中の主要硫黄化合物成分(PRENCSO*1)がアリイナーゼという酵素によって分解され、中間体が得られた後、催涙成分が生成します。じゃあそのアリイナーゼが今回の発見?とおもれるかもしれませんが、そうではありません。ここまではずっとずっと昔から知られていました。しかし、中間体からどのように、なぜ発生するかはわかっていませんでした。
(訂正:図中の酵素はアリ「イ」ナーゼでした。)
今井さんらはこの中間体からの催涙線分の発生にも酵素が関係していると考えて、その酵素を特定するという研究に着手したのです。
酵素の発見!その後
試行錯誤の後、催涙成分の酵素を発見することに成功しました。彼らはこの酵素を催涙成分合成酵素(lachrymatory-factor synthase :LFS)と名付け、科学の最高峰の雑誌であるNatureに発表しました。2002年のことでした。
“An onion enzyme that makes the eyes water”
Imai, S.; Tsuge, N.; Tomotake, M.; Nagatome, Y.; Sawada, H.; Nagata, T.; Kumagai, H. Nature 2002, 419, 685–685. DOI: 10.1038/419685a
催涙成分をつくる酵素を発見できたということはこの酵素の働きだけを抑えることができれば、催涙成分は生成せず、風味はそのままの、すなわち「涙のでないタマネギ」ができるわけです。この酵素の発見をきっかけに、ニュージーランドの研究機関クロップ・アンド・フード・リサーチ*2が涙の出ないタマネギの開発にのりだしました。どのようにしたかというと簡単にいえば、遺伝子を組み替えて、この酵素を作らないようにしてあげるのです。その結果、2008年2月についに涙のでないタマネギの開発に成功しました。
涙のでないタマネギと開発の中心人物であるコリン・イーディ(Colin Eady)上級研究員(写真はこちらから出典)
とっても身近な分かりやすい研究ですよね。では、この涙のでないタマネギ、もうすぐ実用化!?かというと、そうはうまくいかないようです。遺伝子組み換え技術を使っているので現状ではなかなか消費者に受け入れられる可能性が低いとのこと。誠に残念ですが、まだまだ商品化には時間がかかりそうですね。ちなみにこのイグノーベル賞、日本人の受賞は今年で7年連続らしいですね。人々の笑顔をつくる研究をしている!ってことでいいんでしょうか。
ともかく、今回の受賞した研究者の皆さんおめでとうございます!
【追記】もう一歩踏み込みたい人は若干詳しく書いた、詳説バージョンへ!
*1 PRENCSO: trans 1-propenyl-L-cysteinesulphoxide, S-1-プロペニル-システインスルフォキシドのこと
*2 現在 プラント・アンド・フード・リサーチ( Plant and Food Research.)と解明されている
参考、関連リンク
- タマネギ研究でのイグノーベル賞受賞について:ハウス食品(PDFファイル)