[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

目が見えるようになる薬

[スポンサーリンク]

 

C23H30N5O2 …たった60原子の化合物を投与するだけで、目が見えなかったひとを救えるかもしれない。もうマウスでは実験に成功して、希望の光はすぐそこまできています[1],[2]。アゾ化合物シストランス光異性化を利用したその輝かしいからくりをここに紹介します。

 

旧約聖書によれば、神は天地創造の次に、「光あれ(Let there be light.)」とおっしゃり、この世に輝きをもたらしたそうです。文化の東西を問うまでもなく、こうして語り継がれるほどに、わたしたち人類にとって光は特別な存在です。文章を目で追って読むことができるのも、ヒトが優れた視覚を持っているからこそなせるわざです。

しかし、なかには先天的に、あるいは後天的に視覚を失い、光を感じることのできない人もいます。通常、わたしたちは、目の網膜にある視細胞に分布するロドプシンと呼ばれるタンパク質で光を感知しています。このロドプシンは、アミノ酸配列によればGタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor; GPCR)ファミリーに属し、レチナール(ビタミンA)がくっついたりはなれたりするのですが、その後に続くべきシグナル伝達が上手くいかないと視神経に信号が伝わらなくなります。

光を受けて構造や性質が変わる物質は、生体内にあるロドプシンだけではなく、他にも存在します。例えば、窒素間二重結合を含むアゾ化合物には、光異性化といって、特定のエネルギーを持った光を受けると、トランス体からシス体に変化する性質があります。最近、この性質を上手く使って[1]、生まれながら目が見えないマウスを救済することに成功した、と報告されました[2]。

 

アゾ化合物で盲目マウスに光あれ

GREEN2012azo01.png

光で変身する分子

GREEN2012azo02.PNG

決め手は、イオンチャネルと相互作用する分子アゾ基を組み込んだ点。このアゾ化合物、トランス体ではイオンチャネルを阻害できるものの、シス体では作用しないのです[1]。なんとスマートなことでしょう!

視細胞では通常、環状グアノシンモノリン酸(cyclic guanosine monophosphate; cGMP)と呼ばれるセカンドメッセンジャー分子が、豊富にあります。光を感じたときにのみロドプシンの下流にあるcGMP分解酵素が活性化され、視細胞内にあるcGMPが分解されます。すると細胞内の濃度変化を感知してイオンチャネルが駆動するようになり、やがて視神経へと電気信号が伝えられます。それゆえ、cGMP分解酵素はわたしたちの視覚に不可欠なキーメンバーです。このcGMP分解酵素を持っていないと、正常に眼球が発生しているにもかかわらず、生まれながらにして目が見えません。

先ほどのイオンチャネルを標的とするアゾ化合物が、もしかしたらロドプシン光受容体タンパク質の代わりに光を受け取り、本来セカンドメッセンジャーの仲介により視細胞で起こる信号の変換をすっ飛ばして、そのままイオンチャネルに作用することができるかもしれない。この仮説を確かめるため、cGMP分解酵素変異マウスで視覚が回復するか、設計したアゾ化合物を投与する実験が行われました。期待どおり結果は成功。視覚情報だけでマウスが回避行動を取るようになりました[2]。もしヒトであれば「見えています」と証言していたことでしょう。

 

埋め込みタイプの視覚補助用機械と違って制限はあるにせよ、こんな小さな分子を投与するだけで、ロドプシンが機能していなくても視覚を獲得できるとは驚異的です。光による分子の制御はこの他にも、電子部品の精密加工や、副作用を低減したガン治療などで注目のトピックです。今後も周辺分野の発展が期待されます。

 

参考論文

  1. アゾベンゼン光異性化による薬物標的カリウムチャネルの制御 ”Photochemical control of endogenous ion channels and cellular excitability.” Doris L Fortin et al. Nature Methods 2008 DOI: 10.1038/nmeth.1187
  2. アゾベンゼン光異性化を利用した遺伝的に盲目のマウスの救済 ”Photochemical Restoration of Visual Responses in Blind Mice Aleksandra Polosukhina.” Aleksandra Polosukhina et al. Neuron 2012 DOI: 10.1016/j.neuron.2012.05.022

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4320044320″ locale=”JP” title=”フォトクロミズム (最先端材料システムOne Point 8)”][amazonjs asin=”4759813799″ locale=”JP” title=”生物活性分子のケミカルバイオロジー: 標的同定と作用機構 (CSJ Current Review)”][amazonjs asin=”462108626X” locale=”JP” title=”ケミカルバイオロジー 成功事例から学ぶ研究戦略”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 化学産業における規格の意義
  2. Carl Boschの人生 その9
  3. 細胞の中を旅する小分子|第三回(最終回)
  4. 科学を伝える-サイエンスコミュニケーターのお仕事-梅村綾子さん
  5. 自動車の電動化による素材・化学業界へのインパクト
  6. \脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケ…
  7. コバルト触媒でアリル位C(sp3)–H結合を切断し二酸化炭素を組…
  8. ポンコツ博士の海外奮闘録XVIII ~博士,WBCを観る~

注目情報

ピックアップ記事

  1. 有機合成化学協会誌2024年5月号:「分子設計・編集・合成科学のイノベーション」特集号
  2. オーストラリア国境警備で大活躍の”あの”機器
  3. サイエンスアワード エレクトロケミストリー賞の応募を開始
  4. 第45回―「ナノ材料の設計と合成、デバイスの医療応用」Younan Xia教授
  5. フタロシアニン-化学と機能-
  6. ドラマチック有機合成化学: 感動の瞬間100
  7. ジュリア・リスゴー オレフィン合成 Julia-Lythgoe Olefination
  8. 「自然冷媒」に爆発・炎上の恐れ
  9. ポーソン・カーン反応 Pauson-Khand Reaction
  10. 神秘的な海の魅力的アルカロイド

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP