近年、ますます発展しているホウ素化学分野。その美しい有機ホウ素分子群の中に、また新たな化合物が加わりました。
アセチレン(-C≡C-)や窒素(:N≡N:)分子には三重結合が存在しますが、同周期の13族元素ホウ素では、多重結合を持つ安定な化合物の例が限られていました。
その理由は至ってシンプルで、ホウ素原子には価電子(他の原子と結合するための手)が3つしかないので、炭素や窒素原子のような結合様式では、ホウ素原子周りがオクテット則(計8電子でハッピー)を満たさない電子状態になってしまうため(下図)。
そこで、ホウ素を含む多重結合化合物を合成する為には、金属(M)で還元して電子を加えてあげる、という方法がこれまでの主流でした(下図)[1]。
一方、中性分子として多重結合を持つ様々なホウ素化合物も数例報告されており、これらはルイス塩基や溶媒、隣接するヘテロ原子上からの電子供与によって安定化されています(下図)[2]。
また興味深い特例ですが、二つのB-H-B部位を持つバタフライ型ホウ素化合物の中心ホウ素間に三重結合性があるという報告が、理研の玉尾先生らのグループによって2010年に発表されています[3]。
さらに2010年には、初めてB≡O三重結合を持つ化合物の合成が報告されました(過去のつぶやき )。
そして、先日、ついに、ホウ素-ホウ素三重結合を持つ化合物「ジボリン」の合成・単離に成功したという論文がScience誌に報告されていたので紹介したいと思います。
Holger Braunschweig,* Rian D. Dewhurst, Kai Hammond, Jan Mies, Krzysztof Radacki, Alfredo Vargas Science 2012, 336, 1420;DOI: DOI: 10.1126/science.1221138.
ドイツのHolger Braunschweigらグループ[4]は、二つのN-ヘテロ環状カルベン(NHC)が配位した四臭化ジボラン 1とナトリウムナフタレンの反応により、BB三重結合を持つジボリン 3の合成に成功しています(下図)。また還元剤の当量を制御することで、ジブロモジボレン 2の単離にも成功しています。
以下、少しだけ細かい点を挙げます
———————————————————————————————————-
(1)234℃まで安定な、緑色結晶。
炭素アセチレン類がほぼ無色なのに対してジボリン 3が緑色を示すのは、π-π*遷移に帰属される吸収波長を510 nmに持つため。カルベン炭素と相互作用してLUMOの準位が下がっていることが一因のよう。
(2)二つのホウ素原子の酸化数は 0(ZERO)。これは世界初!
(3)B≡B三重結合長は、1.449 Å。もちろん世界最短!化合物 2の二重結合長と比べ、6%程度短い。固体IR測定にてB≡B伸縮振動→1339cm-1。
(4)NHC-B-B-NHCは少し曲がっているが、ほぼ直線構造(173°)。
(5)ホウ素NMRはそれぞれ1 = -4.8 ppm, 2 = 20 ppm, 3 = 39 ppm。配位数の低下に伴い低磁場シフトしている模様(炭素アセチレンのような環電流効果はみられないのでしょうか)。
(6)炭素と異なり、二つのπ軌道は縮退していない。
とまぁ、ざっくり特徴はこんな感じでしょうか。
また、論文中ではさらりと書いてありますが、1と3を混ぜることでも2が得られるという反応も、とても興味深い。
[その他の雑感]
(1)Robinsonはめちゃめちゃ惜しかった!
上述の通り、全く同じNHCを用いてB≡B化合物の合成に挑戦し、ジヒドロジボレンが得られることを2007年に報告していた[2a]。
如何に中間体(ホウ素ラジカル種?)が不安定か、その二量化過程が遅いか、と、そしてできてしまえばB-B結合はかなり安定であることを示していると思います。
(2)カルベンすげぇ(参照:過去のつぶやき)。
遷移金属錯体、有機触媒などいろんな分野で応用されていますが、あたらためて、カルベンの導入によって開かれた化学の多さに関心します。
(3)このグループはAuthorshipがいつもアルファベット順なので、実際はどの著者の手によって作られたのか解りません。そしてボスの頭文字は「B」。無敵![5]。
———————————————————————————————————-
NHC:→B相互作用に対応する分子軌道はもっとエネルギー準位の低いところにあることでしょう。この配位の強さが分子全体の安定化にどの程度効いているのか解りませんが、分子軌道を見る限り、三重結合に関与している二つのπ結合性軌道にカルベンからの作用はほとんどなし。
なので、カルベン以外の配位子でも、立体保護とある程度の配位力があれば、同様のアプローチでBB三重結合が合成できるかもしれません。実際、低温下マトリックス中では、OC:→B≡B←:COなる化合物が2002年に観測されています[6]。
いろんな配位子を持つBB三重結合だけではなく、中性化合物としてのAl≡Alや、B≡C、B≡Nを持つ化合物も近い将来間違いなく合成されることでしょう。
教科書が変わりますね。
この成果がヘテロ元素化学に与えるインパクトは、ものすごく大きいことと思います。
ホウ素、熱い!
関連文献
[1] Selected(a) H. Klusik, A. Berndt, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1981, 20, 870. DOI: 10.1002/anie.198108701.
(b) A. Moezzi, R. A. Bartlett, P. P. Power, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1992, 31, 1082. DOI: 10.1002/anie.199210821.
(c) C.-W. Chiu, F.?P. Gabbaï, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 2007, 46, 6878. DOI: 10.1002/anie.200702299.
(d) C.-W. Chiu, F.?P. Gabbaï, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 2007, 46, 1723. DOI: 10.1002/anie.200604119.[2] Selected
(a) G. H. Robinson etal., J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 12412, DOI:10.1021/ja075932i.
(b) G. Bertrand etal., Science 2011, 333, 610, DOI: 10.1126/science.1207573.
(c) A. Berndt etal., Angew. Chem. 1988, 100, 956, DOI: 10.1002/ange.19881000712.
(d) A. Sekiguchi etal., J Am Chem Soc. 2006, 128, 422, DOI: 10.1021/ja0570741. [3] (a) Y. Shoji, T. Matsuo, D. Hashizume, H. Fueno, K. Tanaka, K. Tamao, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 8258, DOI: 10.1021/ja102913g.
(b) プレス記事
[4] Holger Braunschweig’s Group
[5] グループのサイトを見てみると、メンバー47人中頭文字がAもしくはBの研究者は7人のみ。Oh..
[6] M. Zhou et al., J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 12936. DOI: 10.1021/ja026257.
関連書籍
[amazonjs asin=”1244571288″ locale=”JP” title=”Articles on Organoboron Compounds, Including: Borabenzene, Borazine, Borole, 1,2-Dihydro-1,2-Azaborine, Borirane, Bortezomib, Boronic Acid, Phenylboro”][amazonjs asin=”1439826625″ locale=”JP” title=”Boron Science: New Technologies and Applications”]