エルゼビアが主催するReaxys Prize (正確にはReaxys Ph.D Prize)。今回で3回目となり、ケムステでも毎回大々的に宣伝させていただいているのでかなりの認知されつつあると思います。
そう、特に日本では修了見込みの博士課程の学生(主に有機化学、無機化学)がはじめてトライできる国際賞です。応募はCV(履歴書)と推薦書、そして自身が関連した仕事の論文1報だけで応募することができます。第一次選考を勝ち残った”強者”45名(ファイナリスト)には、毎回国際学会へ招待(参加費、一部交通費、宿泊費込)の特典あり!、その内最終選考で選ばれた3名には2000ドルのお小遣い、口頭発表付きともあって競争率が年々あがっています。
今年はフィラデルフィアで行われるACS meetingにご招待!羨ましい限りです。すでに半年ほど前に今年の分の締切は過ぎましたが、昨日最終選考に残った45名が発表されました!
なんと全世界から350通もの応募があったようで、ファイナリストに残るだけでもおよそ13%の狭き門。それを勝ち抜いた未来を担う化学者の卵を日本人(日本の大学在籍)を中心に簡単に紹介したいと思います!
全部で8名!日本人、日本の大学からファイナリストに選出!
昨年はたった1人でしたが、今年は8名も日本の研究室からファイナリストに選出されました(写真は勝手に掲載しています。問題があれば削除しますのでご連絡ください)。ひとまずおめでとうございます!!一人一人簡単に紹介したいと思います。
岩井智弘さんは京都大学辻研究室出身。現在は北海道大学の澤村研究室で助教に着任しました。パラジウムやイリジウムなどの遷移金属触媒を用いた変換反応が学生時代の研究です。こないだたまたま一緒に飲みましたがとっても感じのよい方です。
“Palladium-Catalyzed Intermolecular Addition of Formamides to Alkynes”
J. Am. Chem. Soc, 2010, 132. 2094–2098. DOI: 10.1021/ja910038p
Debashis Mandalさんは名古屋大学伊丹研究室出身。実は彼、筆者の初めての博士課程の学生です。来年からスクリプス研究所のK. C. Nicolaou研究室で博士研究員として働く予定です。酒でも牛でもなんでも飲み食いできるタフなインド人です。芳香環直接連結反応(C-H アリール化)を駆使したDragmacidin Dの全合成を行いました。
“Synthesis of Dragmacidin D via Direct C–H Couplings”
J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 19660–19663. DOI: 10.1021/ja209945x
田中隆行さんは京都大学大須賀研究室出身。拡張ポルフィリンの合成、研究で活躍した後、現在ボストン・カレッジのScott研で博士研究員として働いています。
“Aromatic-to-Antiaromatic Switching in Triply Linked Porphyrin Bis(rhodium(I)) Hexaphyrin Hybrids”
Chem. Asian J. 2012, 7, 889–893. DOI: 10.1002/asia.201101039
“Porphyrin–hexaphyrin hybrid tapes”
Chem. Sci., 2011, 2, 1414-1418. DOI: 10.1039/C1SC00228G
永縄 友規さんは京都大学丸岡研究室出身。キラルアルミニウムルイス酸を用いた不斉非対称化環拡大反応を開発しました。現在は九州大学でWPI研究員として働いています。[追記]明日から名古屋大学工学研究科西山研で助教に着任予定です。
“Desymmetrizing Asymmetric Ring Expansion of Cyclohexanones with α-Diazoacetates Catalyzed by Chiral Aluminum Lewis Acid”
J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 8834–8837 DOI: 10.1021/ja202070j
村上慧さんは京都大学大嶌研究室、大須賀研究室出身。銀アート錯体を鍵活性種とする有機ケイ素化合物の新規合成法の開発を行いました。文献はコバルト触媒を用いたアルキンのアリール亜鉛化反応。現在は日本学術振興会特別研究員として働いています。
“Cobalt-Catalyzed Arylzincation of Alkynes”
Org. Lett., 2009, 11, pp 2373–2375. DOI: 10.1021/ol900883j
田中亮さんは東京大学野崎研究室出身。イリジウムーピンサー型錯体を用いた二酸化炭素の触媒的水素化反応の発見と機構研究などを行いました。現在はドイツで博士研究員として働いています。そしてなんと明日6/1から広島大学大学院工学研究科応用化学専攻の塩野研究室の助教に着任予定だそうです。
“Catalytic Hydrogenation of Carbon Dioxide Using Ir(III)−Pincer Complexes”
J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 14168–14169 DOI: 10.1021/ja903574e
Wei Zhangさんは東京大学相田研究室出身。ヘテロ接合グラファイトナノチューブと光エネルギー変換でScienceに論文を報告しています。
“Supramolecular Linear Heterojunction Composed of Graphite-Like Semiconducting Nanotubular Segments”
Science 2011, 334, 340. DOI: 10.1126/science.1210369
最後にTae Ho Shinさん。残念ながら写真は入手できませんでした。(写真をいただきました。ありがとうございます!追記:2012年9月3日)九州大学石原研究室出身で機能性無機材料の開発を行いました。唯一今回日本の大学の無機材料分野から選ばれました。現在は博士研究員として働いているようです。
“Doped CeO2–LaFeO3 Composite Oxide as an Active Anode for Direct Hydrocarbon-Type Solid Oxide Fuel Cells”
J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 19399–19407 DOI: 10.1021/ja206278f
というわけで日本の研究室から選ばれた8人を紹介しましたが、Reaxys自体がやはり有機化学中心ということもあって有機化学、特に反応開発で博士を取られた方が多いですね。ただし全体をみれば今年は有機化学の割合は6割程度な気がします。無機金属錯体分野が例年よりも増えています。なにはともわれ、1人でも最終選考の3人に選ばれて欲しいと思います。ここまで来ると審査員によるので運ですが、もちろん世界にも多くの強者がいますよ。ちょっとだけ紹介したいと思います。
Reaxys Prizeファイナリストー世界の強者
まず目を引いたのが、米国ボストン・カレッジのHovyda研究室の2人。前回のReaxys Ph.D Prize 2011は同研究室でエナンチオ選択的オレフィンメタセシスを開発したSteven Malcolmson氏が最終選考で3人まで残りました。その際に「ところでHoveyda教授は最近Z選択的オレフィンメタセシスを同じくNatureに出しているので、第一著者は未来のReaxys Prize候補?」と記載しましたが、ほぼ同時に出した速報誌の方の第一著者I(Miao Yuさん)が今回ファイナリストに残っています。この他にも計10報ハイジャーナルに研究を報告しており、ファイナル3人の最有力候補であるといえます。
その他にも分野はめちゃくちゃに紹介しますが、Zakarian研でピンナトキシン類の全合成を含む論文を10報ほど報告しているCraig Stivalaさん、Trauner研でloline alkaloidsの合成でNature Chemistry(DOI:10.1038/nchem.1072)に報告したMesut Cakmakさん、プリンストン大学の若手Chirik研で鉄触媒を用いたアンチマルコフニコフ型のアルケンヒドロシリル化反応(DOI: 10.1126/science.1214451)の開発を行ったCrisita Atienzaさん、Toste研で遷移金属の不斉触媒作用を強化するキラルカウンターイオン法を報告したGregory Hamiltonさん、Movassaghi研で(+)-11,11′-Dideoxyverticillin Aの全合成を行ったJustin Kimさん、Ribbe研でバナジウムニトロゲナーゼによるCOを還元(DOI:10.1126/science.1191455)などなどあげたらキリがありません。ここからはほぼ審査員(Prof. A. G. M. Barrett, Prof. B. M. Trost, Prof. H. N. C. Wong)の趣味になってきますね。
今トップを走っている化学者の多くは学生時代に今でも語られる研究を実際に行った本物の”強者”が大半と思います。なぜか今回はハーバードやスタンフォード、スクリプス研究所等の超トップ大学の学生が申し込んでいないのか、みられないのが気になることころですが、有機化学、無機化学分野の博士として世界で認められたことは、今後の研究も大変期待できるところではないでしょうか。
前回、前々回と異なり、最終選考結果は6月中旬に発表!今から楽しみですね。それでは長くなりましたが最後にもう一度、ファイナリストの皆様今回の選出おめでとうございます!!