核酸医薬シリーズのパート2です(パート1はこちら)。RNAと相互作用して遺伝子の発現を調節するタイプとして、アンチセンス核酸とRNA干渉薬について紹介します。
化学と生物学が交差するとき物語は始まる
目次
核酸医薬の物語1「化学と生物学が交差するとき」
核酸医薬の物語2「アンチセンス核酸とRNA干渉薬」(本記事)
核酸医薬の物語3「核酸アプタマーとデコイ核酸」
化学と生物学が交差するところまで物語を続けられるように、パート1ではちょっと無味乾燥ですが、核酸自体の化学性質にスポットを当てて、基本となる内容を確認しました。パート1の要点はと言うと……
・ウイルスを運び屋とした遺伝子治療と違う
・大量合成できるため製造コストも安い ・自然にあったものを改良して不可能を可能に変える化学の活躍シーンがたくさん |
化学と生物学が交差するとき物語は始まる
DNAの情報が転写されてRNAに、RNAの情報が翻訳されてタンパク質に、というのが遺伝子発現のセントラルドグマです。セントラルドグマの流れで、情報を仲介するタイプのRNAはmRNA(messenger RNA; 伝令RNA)と呼ばれます。今回、紹介するタイプの核酸医薬はどちらもこのmRNAを標的にして、遺伝子の発現を調節しています。
アンチセンス核酸
タンパク質をコードしたセンス鎖のRNAと相補な配列の核酸を用いる方法が、アンチセンス核酸です。ここでは、サイトメガロウイルス網膜炎治療薬のホミビルセン(fomivirsen)を例に解説しましょう。
通常このサイトメガロウイルスは悪さをしないで日和見しているのですが、エイズ(acquired immune deficiency syndrome; AIDS)を発症して免疫力が落ちると暴れ出します。猛威を振るう最初のステップで作られるタンパク質がIE2(immediate early antigen 2)です。翻訳されてこのIE2タンパク質が作られてしまうと、今までおとなしくしていたサイトメガロウイルスが、ウイルス粒子の大生産を開始します。
そこで、活躍するのがホミビルセンです。このIE2タンパク質のアミノ酸配列をコードしたRNAと、ホミビルセンは相補に塩基対を形成し、IE2のmRNAにリボソームを寄せ付けないことで翻訳を阻害します。IE2タンパク質が作られないため、スイッチは入らず、サイトメガロウイルスはおとなしいままです。
ホミビルセンの構造式 / クリックで拡大
ところでホミビルセンの構造式を見て何か思いつきませんか。そうですね、硫黄原子があります。こんなもの普通のRNAにはなかったはずです。
RNAはとても分解されやすい性質があります。RNAを取り扱った経験があると、分解されやすさをよく実感できるのですが、たいていRNAの実験では、RNA分解酵素が唾液や皮脂にも含まれるため、ビニール手袋をして一言もしゃべらず黙々と作業します。こんなひ弱そうな化合物が医薬品になりそうもありません。不安定さをいかに克服するかが、重大な課題になります。
もちろん、ただ分解されなければいいというわけではなく、体がウイルスなど病原体に由来したRNAだと勘違いして暴走しないように、試行錯誤がなされてきました。なお、ウイルスRNAの認識と言えば、Toll様受容体の機能のひとつであり、2011年のノーベル生理学・医学賞を受けた自然免疫の内容[1],[2],[3]が思い出されます。
RNAのままだと分解されてしまうし、それを無視してRNAをただ過剰に投与すれば免疫機能が暴走してショック症状を引き起こしかねません。このようなダブルバインドの板ばさみの中で、はてさてどう対処しましょうか。
そこで、化学修飾した改変核酸が登場です。ホミビルセンのチオ核酸は、RNA分解酵素の標的になりにくく、また免疫機能が過剰応答しにくかったため、チョイスされました。当初は人工のものと思われていたチオ核酸でしたが、細菌の中に少しばかり含まれていることが最近[4]になって明らかになり、免疫機能が過剰応答せずに済んだのはそのせいがあるかもしれません。
しかし、ホミビルセンは直接に眼へ投与するからいいものの、他の疾患の場合はせめて点滴薬くらいにしないと使い物になりません。改変核酸についてはいまだ群雄割拠の状態で、チオ核酸だけではなく、ペプチド核酸やら、鍵かけ核酸やら、モルホリノ核酸やら、固相合成や投与方法から臨床試験まで、研究中のものがまだまだいろいろあります[5],[6],[7],[8]。自然にあったものを改良して不可能を可能に変える化学の挑戦はまだまだ続いています。
RNA干渉薬
遺伝子発現を抑制するには、アンチセンス核酸の場合、当量 が必要です。しかし、触媒量 で済むようにはできないのでしょうか。1分子の核酸医薬が何本ものmRNAへ続けざまに作用してノックダウンしていけば、細胞に届く量が少なくても十分な機能を果たすことができるはずです。
そこで登場する方法が、RNA干渉という細胞にもともとあったシステムを利用した方法です。実は20塩基ほどのRNAが、大艦船を思わせるアルゴノート(Argonaute)という名の特別なRNA分解酵素と結びついて、リスク(RNA induced silencing complex; RISC)と呼ばれる複合体を形成し、標的のmRNAをバッサバッサと切り刻んでいく仕組みを、わたしたち真核生物の細胞は持っています。本来、このRNA干渉は、ウイルスRNAを切り刻んだり、自分の遺伝子が発現する量を制御したりするための仕組みでしたが、RNA干渉薬はこの機能を利用して効果を発揮しています。
しかしながら、投与したRNAが細胞の中に入れなければ、意味がないわけで、RNA干渉薬は薬物送達(drug delivery)に難があり、いまだ試行錯誤中です。RNA干渉そのものでさえ、1998年に報告、2006年にノーベル生理学・医学賞を受けたばかりであり、成長中の分野であるため、まだまだ未開の可能性が残っているかもしれません。ユニークなアプローチとしては、本命の核酸の周りを防御用の核酸で覆うRNAスポンジ[9]をはじめ、不可能を可能にする技術が最近になって続々と報告され異彩を放っています。
リスク複合体の立体構造 / Protein Data Bankより構造データを出力
大艦船にRNAが乗船して標的(黒)を認識して次々と切り刻む
紹介したもの
・転写後・翻訳前の過程で原因遺伝子の発現を調節「アンチセンス核酸」
・生体内のシステムを利用してさらに強力に発現を調節「RNA干渉薬」 |
参考論文
- Toll様受容体は細菌DNAをメチル化されていないCG配列で識別する “A Toll-like receptor recognizes bacterial DNA” Hiroaki Hemmi et al. Nature 2000 DOI: 10.1038/35047123
- Toll様受容体による一本鎖RNAの認識 “Species-Specific Recognition of Single-Stranded RNA via Toll-like Receptor 7 and 8” Florian Heil et al. Science 2004 DOI: 10.1126/science.1093620
- Toll様受容体による二本鎖RNAの認識 “Recognition of double-stranded RNA and activation of NF-kappaB by Toll-like receptor 3” Lena Alexopoulou et al. Nature 2001 DOI: 10.1038/35099560
- 細菌DNAに硫黄 “Phosphorothioation of DNA in bacteria by dnd genes” Lianrong Wang et al. Nature Chemical Biology 2007 DOI: 10.1038/nchembio.2007.39
- チオリン酸核酸を立体制御して固相合成する “Solid-Phase Synthesis of Stereoregular Oligodeoxyribonucleoside Phosphorothioates Using Bicyclic Oxazaphospholidine Derivatives as Monomer Units” Natsuhisa Oka et al. J. Am. Chem.Soc. 2008 DOI: 10.1021/ja805780u
- ペプチド核酸でアンチセンス医薬への道を拓く “Antisense inhibition of gene expression in bacteria by PNA targeted to RNA” Liam Good et al. Nature Biotechnology 1998 DOI: 10.1038/nbt0498-355
- 鍵かけ核酸でアンチセンス医薬への道を拓く “Potent and nontoxic antisense oligonucleotides containing locked nucleic acids” Claes Wahlestedt et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2000 DOI: 10.1073/pnas.97.10.5633
- モルホリノ核酸による筋ジストロフィー治療薬のフェーズ2臨床試験 “Exon skipping and dystrophin restoration in patients with Duchenne muscular dystrophy after systemic phosphorodiamidate morpholino oligomer treatment: an open-label, phase 2, dose-escalation study” Sebahattin Cirak et al. Lancet 2011 DOI:10.1016/S0140-6736(11)60756-3
- RNAスポンジでRNA干渉薬を送達への道を拓く Self-assembled RNA interference microsponges for ef?cient siRNA delivery Jong Bum Lee et al. Nature Materials 2012 DOI: 10.1038/NMAT3253
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