例えばそこの貴方。合コンで初めてあった女の子や久しぶりの親戚と、自己紹介や近況報告から自分の研究の話題になったとします。そして「どんな研究しているの?」から始まった会話は80%(もっと高いかも)の確率で「その研究はどういう役に立つの?」「どういう製品になっていく研究なの?」…そんな流れ何処かで聞いたことありませんか。特にお正月はこんな話題、多かったんじゃないでしょうか?
今回はあまり化学と関係無いですが、こんな質問にどう答えたらよいか?考えてみたいと思います。
ただはじめにいいますが、僕はこの質問があまり好きではありません。
なぜなら大抵の場合、その合コンでの女の子や親戚のおばさんは自分と同じ「バックグラウンド」を共有していないからです。そのため、研究のダイナミズムを伝えることは至難の業です。いや到底無理です。科学者の仕事は、概して「普通」の仕事のように(科学者も普通ですよ!)ダイレクトに消費者に接しているわけでも、直接大きなお金を生み出すわけでもありません。そこで大抵の場合
「いやー、特に世の中の役に立っているような研究はしていないんだけどね」
とか
「まぁ一応太陽電池ってことにはなっているんだけど、絵空事みたいなもんだよ」
などというヒヨった解答になってしまいます。
*はい、ここでいきなり研究を一心不乱に語れる人は大したもの。何度かいや、1度ぐらいはあるかもしれません。ただしおそらくそれは十中八九、失敗体験ですよね。
さて話を戻すと、実はこれは本意ではないですよね。自分としては有意義なことをしている自負はあるのです。意味のない研究をしているなんて、ほとんどの研究者は思っていないはず。ただ簡単に上手く伝えられないのです。よくある逃げ道としては上の例のような「ヒヨる」パターンと、ちょっと隣の分野のアプリケーション的に耳目を引きやすい物をむりやり引用するパターンです。でもこの技を使うと、自分の研究ではないのでボロが出やすく、また言ったあとも微妙に後味の悪いものです。
この”伝えにくい問題”は化学分野に限ったことではないと推察します。研究自体は波及しうるインパクトは計り知れないかもしれません。しかしいわゆる基礎研究をしている限り、世の中の人に分かるような”製品”的なものでのフィードバックを予想するのは誰にもできないです。製品化に比較的近い研究をしていたところで、ハイスペックならいいわけではなく、普及や市販が検討されるには値段との兼ね合いになってくる。値段との兼ね合いになってくるとしたら、人件費や土地の安い発展途上国に利があることは目に見えている事なのです。そのため昔のエジソンやノーベルのような活躍を期待されても、グローバライズドされたこの世の中では、少し状況的に変化があることを言いたくなります。少し突き放した言い方をすると、ラボでのひとつの大発見でドミノのように世の中が変わる時代はもうほぼ終わりを迎えているのです。
それでは我々のやっている基礎研究というのは全く意味のないことなのでしょうか? 否、ここは頑として否定したいと思います。”積み重ね”というのがキーワードになってくると思います。
栄枯盛衰という言葉があります。世の中のものは全ていずれは朽ちていく。これは真理のように言われています。しかし、それが本当であれば、何が今と、例えば500年前の世界を変えているのでしょうか?それは積み重ねられた人類の英知です。積み重ねられうる、真理こそがサイエンスで、逆に言うとサイエンスというのは積み重ねられうる知識の事なのです。その不朽の金字塔に貢献しているというのが僕ら研究者の一番の喜びなのではないでしょうか。
ただし次の問題として、こういったたぐいのイデオロギーは、前述したように、同じバックグラウンドを持たない人には共有しにくいという問題があるということです。またそのような喜びだけを糧に社会的盲目性で研究をしているということになると、ある種の自己満足の範疇から外に出得ないというのも問題です。またスポーツや会社経営と違い、成績やお金の尺度で測りにくいために評価しにくいです。そのため科学をしているということに対して、「セクシーに語りにくい」という気がします。
ただ逆に言うと、この”研究者の喜びのツボ”問題は自分の価値観を含むイデオロギーと直結した問題です。つまり、自分がどういう考え方をする人間か、どういう考えが好きかという、ある種哲学的な思考と直結する事由だとおもうのです。だからこそ、この種の話をする時にはストーリーがより重要となります。陳腐な言い方をすると、自分語りの延長線上の中に組み込まれやすいわけだし、組み込むべきものだと思うのです。だから正直研究を聞かれた上での「なんの役に立つ研究なの?」というインスタントな質問は、大学のような学府での基礎研究と食い合せの悪い質問であると思います。
だからかるく受け流しましょう。どうせ伝わらないならチャラく答えておくのがよいと思います。
ただ...語れるタイミングが来たら、自分の考え方と一緒に研究に対する想いや夢を語るのが、最も誠実なコミュニケーションだと思います。
正直、科学者の仕事の大半は誰でも出来る、混ぜ物やボタン押し、書き物だったりすることも事実です。わがままなボスや出来の悪い学生に悩まされることも多いでしょう。しかし、自分の人生の一部である仕事を卑下するのはあまり美しい行動ではありません。科学者やエンジニアの人は処世術として自己卑下をして笑いをとることも多いですが、ここは自分が自分であることを誇るためにも、自分の研究を上手く伝えるトライをしてみるのもいいことなのではないでしょうか?そのようなことを実践で学ぶためにこの場で自らの化学興味のある記事を執筆し、如何にしてうまく伝えるか常に考えています。そんな質問にもセクシーに答えることのできる研究者を目指しています。
とはいっても残念ながらオバちゃんは誘惑できてもさすがに合コンでは使えるワザを身につけることはできなそうです。