生きとし生けるすべてのものを育む太陽のめぐみ。植物が太陽の光を受け取り、わたしたち動物がその恩恵を食べて生活する。自然は、太陽に端を発しよどみなく流れるエネルギーと、物質の循環によって成り立っています。
2011年、日本企業の研究グループが、画期的な人工光合成の技術開発を報告しました。光触媒で知られる二酸化チタンと、金属錯体触媒を組み合わせ、光からエネルギーを取り出し、水中で二酸化炭素から有機化合物のギ酸を合成することに成功しました。ギ酸さえ作ることができれば、従来の有機化学の手法を用いて、どうとでも有用な化合物に変換できるでしょう。
今回、紹介する論文はこちらです。
“Selective CO2 Conversion to Formate Conjugated with H2O Oxidation Utilizing Semiconductor/Complex Hybrid Photocatalysts” Shunsuke Sato et al.
J. Am. Chem. Soc., 2011, DOI: 10.1021/ja204881d
この報告の斬新さをよりよく理解するために、まず少しばかり植物の話をします。
水分子も二酸化炭素分子もとても安定な物質で、なかなか化学変化を起こせません。原始の生命は、水分子よりも活発な硫化水素分子を用いることで、この困難を克服していました。しかし、硫化水素は地球上に限られた場所でしか産出しません。植物の先祖は、硫化水素分子の代わりに水分子を使用するという奇策に出ます。従来1回だけだった光の取り込みを、連続して2回行うことにしたのです。硫化水素分子と異なり、1回分だけではどうあがいても足りないエネルギーを、2回分、水分子につぎこみます。システムにもたらされる2回のエネルギーの上昇を喩えてこの戦略を「Zスキーム」と呼びます。今回、日本企業が報告した人工光合成のポイントもこのZスキームにあります。
太陽光にもとづいて二酸化炭素を還元して有機化合物を生産することは、地球温暖化や化石燃料の枯渇に対処する上でも重要さを増している課題です。従来のアプローチでは、トリエタノールアミンのような物質を犠牲として必要としたり、そうでなければ二酸化炭素を還元する以前に水が分解されて酸素分子と水素分子になってしまい思うように二酸化炭素が反応しなかったり、といくつかの課題がありました。
人工光合成版Zスキームの第1段階では、光触媒でおなじみ二酸化チタンに白金を加えたものを用い、高効率に水を反応させます。人工光合成版Zスキームの第2段階が、二酸化炭素を取り込むためのキモで、ルテニウム(Ru)錯体を、半導体のひとつであるリン化インジウム(InP)と組み合わせたものを用い、目的の反応を遂行しギ酸を得ます。
ギ酸 (formic acid)
太陽光を使って商業ベースで効率よく可能な人工光合成への道筋を打ち出した今回の報告に、将来のエネルギー問題は救われるのでしょうか、今後の技術革新に注目が集まります。