”A Single Molecule of Water Encapsulated in Fullerene C60”
Kurotobi, K.; Murata, Y. Science 2011, 333, 613. DOI: 10.1126/science.1206376
サッカーボール型分子・フラーレン(C60)は興味深い化学的・物理的性質をさまざまに示す、ナノカーボン化学の顔ともいうべき化合物です。より優れたフラーレン誘導体の創製を目指し、その化学修飾法が盛んに研究されてきています。世に知られるほとんどの化学修飾法は表面に何かしらの置換基を生やす手法です(例:ボロン酸を用いる単官能基化法)。
その一方で、中空分子という特性を活かして化学種を中に詰めこんだ「内包型フラーレン」にも興味が持たれています。しかしその合成法は、内包させたい化学種を共存させ、フラーレン合成時における球形成の際に偶然中に取り込まれることを期待するというものでした。
京都大学の小松・村田らによって開発された分子手術法(Molecular Surgery)[1]は、そのような背景にてさっそうと登場しました。化学反応を用いてフラーレンに穴を開け、化学種を詰め混んだ後、逆方向の化学反応によって穴を閉じるという、視覚的にも大変わかり易いやり方です。既存法に比べて高効率で内包フラーレンを合成でき、また入れるものを自由に選べる特長も持ちあわせています。
先日、この分子手術法を用いて合成された水入りフラーレンH2O@C60がScience誌に報告されました。
分子手術法の最初の成功例は、水素分子内包フラーレンH2@C60の合成[2]であり、その独創性・効率性・応用性の高さが評価され、見事Science掲載の栄誉を獲得していました。今回の報告は技術を更に洗練・発展させた賜物です。
(画像:Tech-On!)
水分子は水素分子に比べてサイズが大きいため、当然ながら大きな開口部が必要となります。しかし開口部を大きくし過ぎると、せっかく詰めた分子が外に漏れ出てしまうことも懸念されます。また水分子は極性をもっているため、疎水性のC60内部に詰め込む過程はかなり難しくなることも予想されます。
この問題解決を可能としたアイデアは大変に優れたものです。
最大のポイントは、可逆性のある官能基「ヘミアセタール」を組み込んだ開口部をデザインし、合成したことです。これにより、水だけを媒介として開口部の大きさを動的に変化できるようにしたのです。穴が大きくなった瞬間に水分子が入ってくれればそれで良い、という理屈ですね。実際には120℃・9000気圧という過酷な条件が必要となるものの、この見事な工夫によって水分子を定量的に内包させることに成功しています。
2工程の化学変換で穴を閉じた後、一分子だけの水が封入されていることは、各種分析およびX線結晶構造解析によって明らかにされています。構造決定にも一つ上手い工夫がなされています。分子の回転(disorder)による紛れを防ぐべく、π-π相互作用でC60分子を固定できるニッケルポルフィリンと共結晶を作って解析するというアイデアが盛り込まれているのです。結晶構造から、水分子は完全に球の中心に位置していることも分かりました。
フラーレン誘導体としての魅力は勿論のこと、このように疎水性空間に閉じ込められた前例の無い水分子自体の物性にも興味が持たれています。
同じ号のScienceに掲載された「窒素のように振る舞うホウ素」もそうですが、分子を加工し、これまで世界に存在しなかった物質や機能を創りだす――これは化学者の「匠の技」によってのみ実現され得ることです。化学の強みと面白さを改めて感じさせてくれる研究の一つだと思えました。
関連文献
[1] Murata, M.; Murata, Y.; Komatsu, K. Chem. Commun. 2008, 6083. DOI: 10.1039/B811738A[2] (a) Komatsu, K.; Murata, M.; Murata, Y. Science 2005, 307, 238. DOI:10.1126/science.1106185 (b) 2H2@C70: Murata, M.; Maeda, S.; Morinaka, Y.; Murata, Y.; Komatsu, K. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 15800. DOI: 10.1021/ja8076846
関連書籍
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関連リンク
水素をフラーレンに閉じ込める (有機化学美術館)