前回までに【速報】【お祭り編】【開拓者編】として、2010年のノーベル化学賞を解説してきました。
3日ほどたって熱狂も一段落してきつつありますので、学術ブログらしくもう少し詳しい、化学的なおはなしを取り上げてみましょう。
クロスカップリングを仲立ちする触媒としては、パラジウムという金属が有効だと述べました。
ではなぜパラジウムが良いのか?、そしてパラジウム触媒は、いったいどうやって炭素(ベンゼン環)同士をつなげているのか?―今回はそのあたりについてお話したいと思います。
触媒的クロスカップリング・そのメカニズム
速報でも述べましたが、クロスカップリングとはベンゼン環のような置換不活性な炭素(sp2炭素といいます)どうしをつなげることができる、極めて強力な化学反応です。プラスに帯電、マイナスに帯電した炭素源を使うことで、別種のものがくっつく「交差反応(Cross Reaction)」にできるのが特徴です。
クロスカップリング反応と呼ばれる化学反応には、鈴木ー宮浦カップリング、根岸カップリングなどなど、多彩なバリエーションが存在しています(このバリエーションについては後日また紹介いたします)。
それぞれ細かい違いはあるのですが、実はどのバリエーションでもパラジウム触媒は、ほとんど同じやり方で、二つの炭素を仲立ちし、結びつけています。
具体的にパラジウム触媒がどう働いているか―模式図(触媒サイクル)を書いてみると、、以下のようになります。
キーポイントとなるのは以下の3つの化学素過程です。
① 酸化的付加 (oxidative addition)
クロスカップリングの開始過程です。電子を豊富に持った金属触媒が電子を与え(酸化され)つつ、炭素(C)-脱離基(X)結合を切ります(C-X結合の活性化)。結果的に金属触媒の酸化数は2増え、化合物との付加体を与えます。炭素には金属から電子が与えられるために、マイナス電荷を帯びるようになります。パラジウム触媒によるクロスカップリング反応の場合、0価の金属種に酸化的付加が起こる事で、二価(+2)の金属種が生成してくるのが常です。
マイナス電荷を帯びた有機金属化合物は、酸化的付加後の触媒金属との間で、配位子交換を起こします。これにより、金属触媒上に二つの炭素基が乗った、右端のような中間体が生成します。金属-脱離基結合(M-X結合)が安定であればあるほど、また金属-炭素結合(M-C結合)の分極度が高いほど、この過程は有利に進む傾向があります。
③ 還元的脱離 (reductive elimination)
クロスカップリングの最終過程です。二つの炭素部分が触媒から離れ、炭素-炭素結合が生成されます。触媒金属が2つの炭素から電子を奪い(還元され)つつ、化合物が脱離していくプロセスなので、この名称がついています。パラジウム触媒によるクロスカップリング反応の場合、二価(+2)の金属がこのプロセスを経て0価に戻ったものが生成してきます。
金属触媒それ自体はサイクル完結後、もとの形にもどります。すなわち反応を通じて変化はしません。このため、うまくデザインしてやれば、触媒を回収して何回も繰り返し使うことができます。
クロスカップリングでパラジウムが用いられる理由は、酸化数変化が柔軟、すなわち0価←→+2価の状態間を、比較的カンタンに行ったり来たりできる特性が必要だったからです。
このパラジウムは、あまりポピュラーではない少しばかり高価な金属です。しかしそれを補って余りあるメリットのあった反応ですし、 「高価な金属であっても、ほんの僅かな量(触媒量)を使用するだけで反応は進行する」という特徴がありました。これこそが実用観点から重要だったのは言うまでもありません。
以上、ここまでがクロスカップリング反応の概要です。大まかに総括すればわずかこれだけにまとめられてしまいます。しかし長きにわたる数多の研究者たちが地道な努力と貢献があってこそ、ここまで洗練された一般概念に到達したことは留意しておくべきです。事実、このメカニズムの基礎となるものは、【開拓者編】で述べたように、受賞対象外だった化学者たち(山本、玉尾)の研究によって明らかにされたものです。