スウェーデン王立科学アカデミーは6日、2010年のノーベル化学賞を根岸英一・米パデュー大学特別教授と鈴木章・北海道大学名誉教授ら3氏に授与すると発表した。高血圧症の治療薬や液晶材料など多様な工業物質の製造に必須の合成法を開発したことを評価した。(中略)共同受賞するリチャード・F・ヘック米デラウェア大学名誉教授ら3氏への授賞理由は「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」。医薬品や電子材料など様々な工業物質を効率よく合成する革新的な手法である「クロスカップリング反応」を開発した。(引用:日本経済新聞)
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Chem-Station予想=『クロスカップリングへの授与』が見事的中!!!!
2010年のノーベル化学賞に見事輝いたのは、リチャード・ヘック(米デラウエア大 名誉教授)、根岸英一(米パデュー大 特別教授)、鈴木章 (北海道大学
名誉教授)の三氏です。
2009年のケムステ予想では辻二郎、鈴木章、バリー・トロストの三氏を掲げていましたが、授賞分野、および鈴木教授をみごと的中させることができました!
あれ、たった一人だけ?と思われるかも知れません。しかこの研究領域は候補者として考え得る人物があまりに多数いるという現実がありました。ノーベル賞は3人までと決まっているので、「いったい誰が選ばれるのか?」ということが以前から議論の的となっていました。
『クロスカップリング反応』と呼ばれる化学研究領域そのものは、学術的にも実用的にも、文句なしの社会的貢献を果たしています。特に鈴木教授の名を冠する化学反応、『鈴木クロスカップリング』は、基礎研究から実用にいたる幅広い世界で、最も使われている化学反応の一つです。
有機化学(合成化学)分野に授賞されるとするなら、まずは筆頭候補として挙げられるほどの研究です。それゆえ、今回の受賞自体は全く不思議なことではありません。「有機化学は5年周期」の法則通り、取るべくして取った研究の一つでは無いでしょうか。
今回の速報では、受賞対象となった「クロスカップリング反応」、さらには受賞者選定理由の考察などを、カンタンに紹介したいと思います!
“クロスカップリング反応”とは何か?
炭素と炭素をつなぐ化学反応は、有機化学という学問を根底から支える化学反応です。有機化合物=炭素を含む化合物として、そもそも定義されているからです。炭素原子どうしをつなぐ反応が無ければ、有機化合物をつくることは出来ず、もっと言えば、有機化学という学問自体がそもそも成り立たないとほどです。
つまり【有機化学で最重要な化学反応=炭素同士をつなぐ反応】、だといえます。
有機化学の歴史は、実に100年以上のものがあります。今日ではその進歩は目覚ましく、知られる化合物であればほとんどどんな形のものでも作れてしまうほどの発展を遂げています。
しかし意外なことですが、『亀の甲』としておなじみの構造・『ベンゼン環』同士の炭素を自在につなぐことが可能となったのは、実はここ30年での出来事です。これを自由度高く行える手法こそが、“クロスカップリング反応”として知られている化学反応なのです。
カップリング反応とは、「2つのものを結合させる化学反応」の一般名称です。異なる二つのものがくっつく反応の場合、特にクロスカップリング(cross coupling)と呼んでいます。(※結合するものが同じ反応であれば、ホモカップリングと呼ばれます)
クロスカップリングに欠かせない金属、パラジウム
炭素同士をつなぐ反応は、極論すればいずれも「プラスとマイナスをつなぐ」という見方で捉えることが出来ます。脱離基を持つ化合物(芳香族ハライド)などがプラス、炭素-金属結合をもつ化合物(有機金属化合物)がマイナス単位の代表例となります。
ただし、ベンゼン環化合物の場合は事情が特殊で、プラスとマイナスの両者を混ぜるだけでは反応が進行しない―つまり結合をつくることができません(置換反応に不活性)。
こういった反応を進行させるためには、“触媒”と呼ばれる物質、つまり「反応を仲立ちして加速させる物質」を少量混ぜてやる必要があります。
このクロスカップリング反応への触媒として有効だったのが、パラジウムという金属です。なぜパラジウムが良かったのか?―コレを書き始めると、やや長くなってしまいます。速報ですので今回はひとまず、『パラジウムという金属がクロスカップリングの触媒としては欠かせないものだったんだ』という天下り的理解でとどめておきましょう。
ちなみにパラジウムは周期表のここ(↓)です!
さて、「クロスカップリング」でまとめて授賞となった3氏は、それぞれどのような貢献をしたのでしょうか?―踏み込み始めるとやはり長くなるので、速報ではざっくり解説するにとどめます。
上で記したクロスカップリングの一般式をもう一度ご覧ください。
ここで使われている”マイナス炭素源”が、開発した化学者ごとに少しずつ違っているのです。
たとえば根岸教授は亜鉛(Zn)やアルミニウム(Al)、鈴木教授はホウ素(B)、ヘック教授は二重結合(金属不要!)をメインに活用し、それぞれの立場からクロスカップリング反応の発展に貢献しました。
これらの化学反応はいずれも、化学合成のパラダイムシフトを起こすほどのインパクトある反応として発展してきました。
この開拓的偉業に敬意を表し、現代ではそれぞれの化学反応に、開発者の名前が付けられています。つまり、それぞれが根岸クロスカップリング、鈴木(-宮浦)クロスカップリング、溝呂木-Heck反応という人名反応として定着しているのです。今ではワールドワイドで通じる名称となり、鈴木・根岸の名前は、世界のあらゆる化学界で知られるところとなっているのです。
ベンゼン環をつなぐことで初めて生みだされる有用物質
「ベンゼン環を自由につなぐことは30年前まで事実上不可能だった」と述べました。逆にいえば、こういった手法が発展したことで、それまでつくることすら不可能だった、世界に役立つ物質をつくれるようになった、ということでもあるわけです。
クロスカップリングで初めて供給可能になった有用物質(医薬品や化学材料)の例を、いくつか下にあげておきましょう。もちろんこれらはほんの一角であり、これ以外にも沢山、人類に役立つ化合物が、クロスカップリング反応を用いて生み出され続けています。
(赤色が連結型ベンゼン環、青ハサミで示した箇所が、クロスカップリング反応で繋がれる炭素結合)
まとめ
まとめると、これらの3氏の業績は、ベンゼン環などの「炭素をつなぐ」ための新たな化学反応(クロスカップリング)、およびそのための触媒(パラジウム触媒)を開発し、これまで合成が事実上不可能だった有用物質(医薬品や機能性材料)を効率的にかつ自由度高くつくりだすことに成功した、ということです。
もっとざっくり言ってしまうと、月並みな表現になってしまうかもしれませんが、
【化学の考え方や、研究世界を変えてしまうほどのインパクトがある、不可能を可能にする化学反応を開発した】
ということが、ノーベル化学賞に選ばれた理由になります。
以上、2010年ノーベル化学賞の概要を述べてみました。このスペースだけでは到底語ることのできない、化学者たちの努力による長年のドラマがこの分野には潜んでいます。今回は速報としておきますが、詳しくは後々、ゆっくりと紹介していくことにしましょう。
受賞者の皆様、本当におめでとうございます!
関連文献
[1] クロスカップリング研究の歴史的概説:J. Organomet. Chem. 2002, 653, 1.[2] 化学者たちの感動の瞬間―興奮に満ちた51の発見物語 (化学同人, 2006)
関連書籍
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- 最近の論文から~炭素-炭素結合を切る?~ (有 機って面白いよね!!)
- Pd触媒を必要としない?鈴木カップリング反応 (有機って面白いよね!!)
- パラジウムと有機合成 (有機って面白いよね!!)
- C-H bond Activation – Wikipedia
- C-H 活性化 – Wikipedia
- カップリング反応- Wikipedia
- 炭素をつなぐ最良の方法・鈴木カップリング (1) (2) (有機化学美術館)
- 2010年ノーベル化学賞:ノーベル賞財団による日本語プレスリリース(PDF)