9月に入り、朝夜は涼しくなってきたこのごろ、気づいたらもう発表まであと1ヶ月と迫ってきましたノーベル賞。毎年、Chem-Stationではノーベル化学賞に注目して、発表前の予想から、発表後の人物、研究紹介を行ってきました(詳しくは下記の関連記事一覧をごらんください)。一昨年度は予想的中とまではいかないですが、Gerhard Ertl氏を当てる事ができました(2007年度ノーベル化学賞を予想!(4))。昨年度は予想を行いませんでしたが、今年は行いたいと思います! また、今年からノーベル化学賞への道と題して特設サイトを開設しました。こちらもご覧ください!
ずばり2009年ノーベル化学賞予想は
Barry M. Trost, Tsuji Jiro, Akira Suzuki
です!
...
いやいやそんなのいままで候補に挙がってきただろう、人が多すぎてとれないだろう、選んでいる人が違うだろう、むしろそこまでの貢献はしているのか?という声がいくつか聞こえてきそうですが、根拠に基づいて(希望も含めて)今年の予想は80%当たると信じています。次からあげる情報は、正確さに問題が有る可能性もありますのでむやみに信じないでください。あくまで予想であり、立場上言えない言えないもいくつかありますのでご了承を。
今年は有機化学の年?
昔に比べて化学の範囲も細分化されて広くなり、分野別の業績や貢献度を比較するのは大変難しくなってきました。例えば、有機化学分野のAさんがノーベル賞に値する貢献をしていたとします。しかし無機化学分野のBさんや生化学分野のCさんも同じぐらいの貢献度があるとしましょう。どのように評価し、どのように比較するのでしょうか。難しいと思います。そのような状況の場合、ランダムや分野別に候補者をあげて比較し選出するのではなく、今年はある範囲野と決めてその中で比較する事がノーベル化学賞の場合だけでなく、通例となっています。例えば、今年はBやCでなくA分野から選出しましょうといった具合です。
そういう目で今までの受賞者をみてみると次のように分野は分けられます。
1984 有機化学
1985 分析化学
1986 理論化学
1987 有機化学(超分子化学)
1988 生化学
1989 生化学
1990 有機化学
1991 分析化学
1992 理論化学
1993 生化学
1994 有機化学
1995 その他(環境化学)
1996 物理化学、有機化学
1997 生化学
1999 その他(理論化学)
2000 その他(高分子化学)
2001 有機化学
2002 分析化学
2003 生化学
2004 生化学
2005 有機化学
2006 生化学
2007 無機化学(物理化学)
2008 生化学
2009 ????
当時の分野の注目度や新分野の創製によって変わりますし、おそらく分野の研究者人口に対して平等であるため完全に一定とはいいきれず、傾向のないところもあるかもしれません。また、分野がうまく分けれていないこともあるかもしれません。それにしてもよく見てみると今年は、有機化学である気がしませんか?他の可能性としてもちろんあまり出ていない(ように見える)物理化学分野や分析化学という可能性も否定できません。また、2000年に登場した高分子化学分野(重合触媒?)という可能性もあります。とはいっても有機化学分野の研究人口からみても、特に増減しているわけでもないですし、ある一定の割合でくると考えると、今年か来年は有機化学の年である事はまず間違いないでしょう。
2005年には次点であった?
それでは今年は勝手に有機化学の年と仮定する事にします。そのように考えると、前回の有機化学2005年度の受賞『有機合成におけるオレフィンメタセシス法の開発』(Yves Chauvin 、 Robert H. Grubbs、Richard R. Schrock)の際にすでにいい線を行っていた研究か、そこからダッシュで駆け上ってきた旬の研究になります。そこで、前述した 『パラジウムケミストリーおよびクロスカップリング反応の開発への貢献』がどの辺りにいたか考えてみますと、うわさによるとその時に次点であったといわれています(クロスカップリング反応のみである可能性もある)。そういう意味で、受賞の可能性はグンとあがることになります。ここから考えられるその他の可能性として、生物有機化学を立ち上げたStuart L. Schreiber、有機化学からサイエンスに展開した George M. Whitesidesなども可能性があったと考える事もできます。
推薦書が100通必要?
ノーベル化学賞の候補者にあがるためには、一般的に100通の推薦書が必要であるといわれています。それではその推薦書はどうしたら手に入れる事ができるかというと、普通には手に入れる事ができません。ノーベル財団からある分野の研究者に推薦書が送られてくるという話です。そういう意味でその関連分野の人が推薦書を受け取ったならば、その分野のなかで決めるんだろうな(他の分野の人にもおくっているかもしれません)ということも、なんとなく想像できます。とはいっても、推薦書を100通も集めるという事は並大抵の研究や人物では集める事ができません。そういうわけで、受賞する人物に最低でも1人はその研究分野を打ち立て、長い間先導していった、いわゆるボス的存在な人が入っている可能性は大きくなります。受賞研究の内容が決まれば、それに付随するあまりしられていないが実は発見者であるという人は推薦書が必要であるといいことは有りません。田中耕一氏はおそらくその部類にはいっていたのではないかと思います。今年の下村脩先生も同時受賞者のRoger Y. Tsien、Martin Chalfieが分野の中心にいたからだと思います。今回の予想した研究内容に関するこの件に関しては後述することにします。
論文の引用回数
一般的に論文の引用回数(citation)が1000回を超え、そのあとぱたりと引かれなくなったら(周知されたら)ノーベル賞といわれています。それでは当該研究の引用回数を調べてみましょう。
1. Tamao, K; Sumitani, K.; Kumada M. J. Am. Chem. Soc. 1972, 94, 4374. doi:10.1021/ja00767a075. 引用回数:516回
京都大学の熊田誠、玉尾皓平らのグループが発見したニッケル触媒を用いたクロスカップリング反応。分子触媒(molecular catalysis)や反応機構をはじめて記した。Corriuらも同時期に発見していた事から熊田-玉尾-Corriuクロスカップリングと呼ばれている。
2. Suzuki, A. J. Orgmet. Chem. 1999, 576, 147. 引用回数:1400回
doi:10.1016/S0022-328X(98)01055-9
Miyaura, N.;
Suzuki, A, Chem. Rev., 1995, 95, 2457. 引用回数:4056回
doi:
北海道大学の宮浦憲夫、鈴木章らが発見したパラジウム触媒を用いた有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化化合物のクロスカップリング反応(鈴木ー宮浦クロスカップリング反応)の総説。カップリング反応の中で現在最も利用されている反応。オリジナルペーパーはなんと引用回数105件。
Trostらによる不斉Tsuji-Trost反応の総説は1000回オーバーですが、Trost、辻両者とも元文献は引用回数は低いようです。
ちなみに同様な分野で比較すると2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治も最高で引用回数1000回、Sharplessは2096回、2005年に受賞したGrubbsは1866回です。さらにカーボンナノチューブを発見した飯島澄男は8000回を超える引用回数であると。化け物です。引用回数で決まるのならば飯島先生で決定かもしれません。
研究の貢献度
それでは『パラジウムケミストリーおよびクロスカップリング反応の開発への貢献』がどのように社会に貢献しているかという話になりますと、これは申し分ないと思います。クロスカップリング反応は医薬品や材料科学によく見られるビアリール骨格を構築するために非常に有用な反応ですし、その主な触媒としてはパラジウム触媒です。通常の有機合成においてもパラジウム触媒を用いた炭素ー炭素結合反応は周知として利用されています。それを用いなければ得られなかった医薬品や材料も数多く有り、有用性も含めてGrubbs触媒がノーベル賞を受賞したのならば(これはサイクリックポリマーなどの高分子の分野での貢献もありますが)、実用性という面でもクリアしているのではないかと思います。
クロスカップリング反応だけでは決めれない?
今回予想にあげた、B. M. Trost、辻二郎、鈴木章はいろいろな組み合わせが考えられると思います。というより、なぜクロスカップリング反応だけで選ばないのかということもあります。それはあまりにも多すぎて選べないからです。それは以前より問題になっていました。はじめにクロスカップリング反応の原点である酸化的付加を発見した山本明夫、クロスカップリング反応を発見したJ.K.Kochi、前述したように分子触媒、反応機構の概念をもってクロスカップリング反応を発見した玉尾、熊田、Corriu、パラジウム触媒をクロスカップリング反応に使った村橋俊一、その後の各種有用なクロスカップリング反応を発見したHeck, Stille, 鈴木、薗頭、根岸、檜山(あげられなかった人ごめんなさい)などなど多くの先駆者たちがこの研究には関わっています。熊田先生とKochiはお亡くなりになりましたので、ノーベル賞の性質から(生存者に与える)受賞はないとしても可能性はつきません。あえていうのならば、玉尾、Corriu、鈴木になるのかもしれません。それよりも、有機合成、有機金属化学に現在でも非常に重要なパラジウム触媒に焦点を合わせて、パラジウム触媒を初めて炭素ー炭素結合反応に導入した辻二郎、その反応を改良して現在米国の有機合成、有機金属化学のボス的な存在となっているTrost教授、その最たる応用として利用されている鈴木ー宮浦クロスカップリング反応の鈴木章というような組み合わせの方が自然であると考えたからです。Trost教授には異論はある人が多いかもしれませんが、上記に書かれた推薦状を100通容易に集めることができる研究者の一人だと思います。
他賞の受賞数
これも必要条件ではないですが、他の重要な賞を受賞している人がノーベル化学賞を受賞する確率は大変高くなります。これは当たり前の事で、研究は継続しているため、特に分野を築いた人に関してはノーベル化学賞の前に多くの賞を受賞しているためです。そんな賞の中でもノーベル賞に匹敵するような賞をいくつかあげます。
ウェルチ化学賞:賞金30万ドル。物質化学の基礎研究を奨励する理念に基づき、人類に貢献する研究をなしえた化学者に対して授与される。
ベンジャミンフランクリンメダル:生命科学、工学、地球科学、化学、物理学、計算機・認知科学の6部門において、世界の優れた科学者、技術者を称える賞
日本国際賞:科学技術において、独創的・飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、人類の平和と繁栄に著しく貢献した」人に対し授与される。国際科学技術財団が主催。賞金は5000万円。
ロジャーアダムス賞:アメリカ化学会(ACS)が授与する有機化学界における最高の賞
プリーストリーメダル:アメリカ化学会(ACS)が授与する最高の賞です。化学分野全般が対象で、そのなかでも特に卓越した業績に対して贈られます。
今回あげた3人の中ではTrostがロジャーアダムス賞を受賞しているのみです。これらの賞だけで考えると、ほとんどの賞を総ナメにしている Whitesides が最有力候補になるのかもしれません。ちなみに飯島澄男先生は2008年に4つの賞を受賞しており、賞金総額は数億円。これまたびっくりです。
研究の注目度
学術的な意味でもクロスカップリング反応、パラジウムケミストリーは留まるところをしりません。現在でもパラジウムを用いたクロスカップリング反応はBuchwaldカップリングを始めとして多くの研究者によって研究が進められています。さらには近年、有機ハロゲン化合物を使わない、炭素ー水素結合を用いた直接的なクロスカップリング反応も多数報告されています。そのなかでも中心となるのはパラジウム触媒です。一大分野を築き上げた功績という意味でもノーベル賞は間違いないのではないでしょうか。
最後に
以上の理由で、2009年のノーベル化学賞は冒頭にあげた受賞理由、受賞者であると予想しました。伏兵(?)として、『カーボンナノチューブの発見』で飯島澄男、遠藤守信も考えられ(希望)、確率はクロスカップリング80%、カーボンナノチューブ18%、その他2%(Witesides, 有機EL, リチウム電池、重合触媒)としました。皆様の考えはいかがでしょうか。まずこの範囲で考えられる受賞者は誰かというアンケートを行っています。記事をご覧になった方は下記のアンケートに答えていただけると幸いです。
また、同意する、他にも考えられるなど2009年のノーベル化学賞予想に関する屈託のない意見を募集しておりますので下記に書き込んでもらえるとうれしいです。また特設サイト『ノーベル化学賞への道』では、過去のノーベル賞や、ノーベル賞に関する資料、逸話、予想や各種資料などを紹介していくつもりです。今年のノーベル化学賞の発表は日本時間10月7日18時45分。果たしてどの化学者にその栄光は訪れるでしょうか。楽しみに待ちたいと思います。