[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

“CN7-“アニオン

[スポンサーリンク]

CN7anion_1.gif

The CN7 anion
Klaptoke, T. M.; Stierstorfer, J. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1122. DOI: 10.1021/ja8077522

独・Ludwig-Maximilian University of MunichのKlaptokeらによる報告です。

今回見いだされた化合物は、論文のタイトルにもなっている”CN7 アニオン“、すなわち5-アジド-1H-テトラゾールアニオンです。一見しての通り、小さな分子ながら窒素を多量に含みます。こういった窒素豊富化合物は、一般に高エネルギー化合物(high energy compound)となり、燃料・爆薬としての応用が期待されます。


彼らはカウンターカチオンを様々なものに変えたCN7塩化合物を調製しています。例えばヒドラジニウム(冒頭図)、アンモニウム、グアニジウム、リチウム、ナトリウム、カルシウムなどなど・・・

合成した化合物のうち幾つかは単結晶を取って3次元構造を構造決定しています。他の分析法(質量分析、多核NMR、IR、ラマン分光などなど)は試せる限り使ったということですが、多くのCN7金属塩は乾固した瞬間に即座に分解(=爆発)してしまうという話だそうで・・・((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル!

どうやらX線構造の解析から、イオン間の相互作用・水素結合の強さが化合物の安定化に効いているらしいです。乾いた化合物やイオン相互作用の弱いセシウム塩、ルビジウム塩、カリウム塩が超敏感なのはそういう理由では無いか、と考察されています。

しかしあまりにも敏感すぎる化合物らしく、実用には堪えなさそうだというコメントはなされていました。

以下余談になりますが、この種の高エネルギー化合物の中では、トリニトロトルエン(TNT)は最もポピュラーでしょう。TNT火薬などの名称で通じ、『TNT何kg分の破壊力』などと爆発エネルギーの目安として使われるのもご存じの通りです。

TNT.gif

一方で、考え得る爆薬のなかで理論上最強とされているのは、オクタニトロキュバン(ONC)。不安定なN-O結合を沢山持つうえに、高度にひずみのかかったとんでもない高エネルギー化合物です。シカゴ大学のEatonらによって1999年に合成されています。これは既報の合成法があまりに煩雑なため、実用には至っていませんが、実際に携わった研究者がいかにおそるおそる取り組んでいたか・・・想像に難くありませんよね。

cubane.gif

ちなみに、現在実用されている爆薬で最も強力なものは、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン(HNIW)という化合物。これは理論計算から合理的に設計された化合物ということで、複雑に見えて合成法もなかなかカンタンな模様です(でもくれぐれも、自分で作ったりしないでください(笑))。

HNIW.gif

こういった高エネルギー化合物の研究は、軍事がらみの歴史も綿綿とあり、なかなかに興味深い世界とも思えます。またいずれ、まとめ記事を書いてみたいと思います。

  • 関連文献
[1] (a) Stierstorfer, J.; Klapo  tke, T. M.; Hammerl, A.; Chapman, R. D. Z. Anorg. Allg. Chemie 2008, 634, 1051. (b) Hammerl, A.; Klapotke, T. M.; Mayer, P.; Weigand, J. J. Propellants, Explos. Pyrotech. 2005, 30, 17. (c) Hammerl, A.; Klapotke, T. M.; Noth, H.; Warchhold, M.; Holl, G. Propellants, Explos., Pyrotech. 2003, 28, 165. (d) Hammerl, A.; Klapoke, T. M. Inorg. Chem. 2002, 41, 906.

  • 関連書籍
火薬と爆薬の化学
東海大学出版会
Tenney Lombard Davis(原著)姉川 愼一(翻訳)細谷 文夫(翻訳)
発売日:2006-03
火薬工学
森北出版
発売日:2001-07
おすすめ度:4.0
おすすめ度4 火薬の知識
エネルギー物質の科学―基礎と応用
朝倉書店
John A. Conkling(原著)
発売日:1996-09
おすすめ度:4.0
おすすめ度4 エネルギー物質の化学?
エネルギー物質ハンドブック
共立出版
火薬学会(編集)
発売日:1999-02
おすすめ度:5.0
おすすめ度5 火薬を取り扱う者は読むこと
  • 関連リンク

窒素はどこまでつながれる? (有機化学美術館)

炭素と窒素のコンビネーション (有機化学美術館)

アジドの話 (1)  (2) (有機化学美術館)

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. pH応答性硫化水素ドナー分子の開発
  2. 【3/10開催】 高活性酸化触媒の可能性 第1回Wako有機合成…
  3. Independence Day
  4. ナノの世界に朗報?!-コラニュレンのkg合成-
  5. 【追悼企画】カナダのライジングスター逝く
  6. 2024年度 第24回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 …
  7. STAP細胞問題から見えた市民と科学者の乖離ー後編
  8. ケージ内で反応を進行させる超分子不斉触媒

注目情報

ピックアップ記事

  1. そこのB2N3、不対電子いらない?
  2. 化学者だって数学するっつーの! :定常状態と変数分離
  3. 春田 正毅 Masatake Haruta
  4. 特許取得のための手続き
  5. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑥
  6. トシルヒドラゾンとボロン酸の還元的カップリング反応とその応用展開
  7. ベンジャミン・リスト Benjamin List
  8. 小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出
  9. Reaxys体験レポート反応検索編
  10. 骨粗しょう症治療薬、乳がん予防効果も・米国立がん研究所

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects

縮退した電子状態にある非線形の分子は通常不安定で、分子の対称性を落とすことで縮退を解いた構造が安定で…

鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化

鉄とキラルなエナミンの協働触媒を用いたアルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化が開発された。可視光照…

4種のエステルが密集したテルペノイド:ユーフォルビアロイドAの世界初の全合成

第637回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科・天然物合成化学教室(井上将行教授主…

そこのB2N3、不対電子いらない?

ヘテロ原子のみから成る環(完全ヘテロ原子環)のπ非局在型ラジカル種の合成が達成された。ジボラトリアゾ…

経済産業省ってどんなところ? ~製造産業局・素材産業課・革新素材室における研究開発専門職について~

我が国の化学産業を維持・発展させていくためには、様々なルール作りや投資配分を行政レベルから考え、実施…

第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」を開催します!

こんにちは、Spectol21です! 年末ですが、来年2025年二発目のケムステVシンポ、その名…

ケムステV年末ライブ2024を開催します!

2024年も残り一週間を切りました! 年末といえば、そう、ケムステV年末ライブ2024!! …

世界初の金属反応剤の単離!高いE選択性を示すWeinrebアミド型Horner–Wadsworth–Emmons反応の開発

第636回のスポットライトリサーチは、東京理科大学 理学部第一部(椎名研究室)の村田貴嗣 助教と博士…

2024 CAS Future Leaders Program 参加者インタビュー ~世界中の同世代の化学者たちとかけがえのない繋がりを作りたいと思いませんか?~

CAS Future Leaders プログラムとは、アメリカ化学会 (the American C…

第50回Vシンポ「生物活性分子をデザインする潜在空間分子設計」を開催します!

第50回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!2020年コロナウイルスパンデミッ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP